電気サーカス 第8回

まだ高速デジタル回線も常時接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。“テキストサイト”をはじめた“僕”は、高校時代の友人、逆野やサイトで知り合った人々との共同生活をはじめた。

 デジタル環境が、あの頃より圧倒的に進歩している。まず、回線こそまだISDNであるものの、ついにインターネットが常時接続となり、電話料金の恐怖から完全に解放された。そしてLINUXマシンでサーバーが立てられ、LANケーブルが配線されることによって家庭内ネットワークが構築された。これによって、住人達は自分の部屋に居ながらにして、ネット上に公開されたさまざまな情報にアクセスしたり、住人同士でファイルやメッセージのやりとりが出来るようになったのである。
 つまり、僕達は自分の部屋でネットゲームに興じながら、別の部屋で音楽を聴いている同居人に、燃えるゴミが何曜日だったか訊ねたり、自分のハードディスク内の画像を見せることが出来るようになったということなのだ!
 キーボードをカタカタとタイプしてすぐ隣室の人間と会話する、この状況を目の当たりにしたある知人は「気持ちが悪い」だとか「技術の無駄遣い」だとか散々馬鹿にしてくれたものだけれど、それは違うだろう。だって、大声を出して用件を訊いたり、部屋にわざわざ呼びつけて画像を見せるだなんて、下品じゃないですか。前時代的じゃないですか。僕らはそんなことしたくないんです。これこそ未来の人間のコミュニケーション方法だと、まあ冗談としてならそんなことも言える。
 という訳で、この部屋が棺桶であるのは揺るぎのない事実であるにしろ、ただの棺桶とも言い切れないのはそういった事情による。それは、一本のLANケーブルによって、ネット上のあらゆる情報や、親しい友人達と密接に繋がった、無限の可能性を持つ棺桶なのである。そこで僕は、テキストサイトを見たりネットアイドルを観賞したりしている。もちろん、ここから自分のネット日記を更新することだって出来るよ? 事実僕は今日も飽きることなく日記を書き、ネットに公開したばかりだ。その内容はいつだって、グロテスクで抽象的な自分の心情吐露だ。こちらの方は「気持ちが悪い」と、確かに自分でもそう感じる。
 まあ、それはいいんだ。僕の人間性なんか、どうでもいいんだ。ネット日記なんぞいくら書いたって、人に迷惑をかけるわけでもなし。そもそも、誰だって恥ずかしい趣味の一つや二つあるだろう? それでも僕を責める人は、フォルダの奥底に隠した秘蔵ファイルの内容を、一つ一つお母さんにでも説明して己の性癖の正常性を主張していればいい。
 とにかくその日僕がずぶ濡れになって帰って行く先は、そのインターネット付き棺桶だったのである。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes・note会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

週刊アスキー

この連載について

初回を読む
電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード