『ドリフトグラス』 サミュエル・R・ディレイニー(国書刊行会・未来の文学)
●ディレイニーとは誰か? スペース開拓者としてのディレイニー
1960年代にデビューし、ニューウェーヴ/スペキュレイティブ・フィクションの中心的作家サミュエル・R・ディレイニー。
代表作は次々と浮かぶが、そのいくつかは長らく入手困難であった。では「役目を終えた」作家なのかといえばそんなことはない。2011年、『ダールグレン』が国書刊行会から2巻で出版されたことは記憶に新しい。1975年に発表された『ダールグレン』が約40年後の日本で翻訳されることは、ディレイニーの想像力の射程にこの現在も収まっている証左だろう。
サミュエル・R・ディレイニー『ダールグレン(Ⅰ・Ⅱ)』(国書刊行会・未来の文学)
ニューウェーヴやスペキュレイティブ・フィクションといったカテゴリーになじみのない人でも、本書『ドリフトグラス』を通読すればそのイメージはつかめる。簡単に言えば、ニューウェーヴは「外宇宙(アウタースペース)から内宇宙(インナースペース)へ」、スペキュレイティブとは思弁。ディレイニーの作品には、もちろん宇宙にまつわるもろもろ(船、移民、開発、生命体)が登場する。これらはテクノロジーの延長でありながら、同時に、私たち人間の内面を映し出すものでもある。私たちの内部が宇宙という巨大なキャンバスに浸潤している。それもド派手にカラフルに。読者はおなじみのガジェット(SFアイテム)を堪能しつつ、私たちの内面へ思索をめぐらせる。
SF史的につけくわえておくと、内宇宙(インナースペース)のあとには、1970年代のフェミニストSFが開拓したジェンダースペースが続く。ディレイニーは黒人/ゲイであり、自身の人種/セクシュアリティは作品にも反映されている。フェミニストSF作家の代表格ジョアンナ・ラスとディレイニーは親交があった。さらに理論家としての顔もあるディレイニーは、霊長類学者のダナ・ハラウェイの「サイボーグ宣言」(1985年)への応答をし、このやりとりは日本オリジナルの評論集、巽孝之編『サイボーグ・フェミニズム』(初版91年、増補版2001年)にまとめられている。
つまり、ディレイニーは、SFというジャンル内の宇宙(スペース)開拓者であるのだ。
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