電気サーカス 第4回

高速回線も常時接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってネットに接続していた時代。“テキストサイト”をはじめた“僕”は、閉店が決まった母の居酒屋を手伝いながら、周囲に起きた出来事を日記にして公開する毎日を送っていた。

 制服を着た可愛らしい女子高生たちはドサドサとアスファルトの上に落ちると、赤く爆ぜ、それを見た子供達が全身を震わせ身も世もないといった風情で盛大に泣いている。僕は特製の傘を作って、真っ黒なゴム長靴を履いて、その真赤な大通りを歩くのだ。青空に輝く太陽は砕けた肉体をそのはしから腐敗させ、大気を生臭くする。
 うつらうつら夢心地でいると、ドアを開けて誰かが部屋に入って来た。すわ泥棒か、と体を起こすと、そこに居たのは父だ。他の誰でもない、我が父だ。僕はうっかり声を上げそうになる。それは下着泥棒か何かを見つけるのとほとんど変わらない驚きだった。
 父と会うのは実に一年ぶりだ。僕が驚いたように、父の方もこんな場所に長男が路上生活者のように寝ているのに驚いている。
「何しに来たんだよ」
 と先に言ったのは僕だった。
「お前、学校辞めたんだってな。学費だって高かったのに、勝手にそんなことをして……」
 父は口のなかでもごもごと言った。
「勝手にって、どうしてこうなったと思ってるんだよ!」
 どうしてこうなったかと言えば、そもそもちっとも向学心が持てずに辞めるチャンスをうかがっていて、そこに都合良くこの事態が出来したために、これはいい理由がやって来たと好機に乗じるようにして自主的に退学したのだから、責任と言うならば僕の自己責任、控え目に言っても父との共同正犯といったあたりが妥当なのだろうけれど、腹が立って仕方がなかったので責任を押し付けてみた。
 父が何の反論もしないのが拍子抜けだった。虚ろに視線を彷徨わせたのちに、僕を避けるように棚の方へ近づき、ごそごそとやりはじめる。
「書類をな、探してるんだよ。知らないか? 物件の書類なんだが」
 父は言い訳がましく言う。
「知るわけないだろ」
 さっき見苦しく声を荒らげてしまったのを反省して、今度は少しトーンを抑えてみたが嫌悪感は隠しようがない。
 そもそも僕はこんな事件が起きるずっと前からこの父が嫌いだった。若い頃から荒っぽく、様々な武道や格闘技を学んだやたらと頑強な肉体をしているくせに、幼い僕をことある度に血反吐を吐くまで殴るのだ。財布から金を抜いたら殴ったり、反抗的な態度をとったら殴ったり、まあこの辺りは僕が悪いんだけれども、弟たちに対してはけして暴力をふるわないのが腹立たしい。ただ僕に対してだけ、家の中でも外でもお構いなしに、他人の見ている前でも殴打するのだ。あまりにも頻繁に殴られたせいで鼻血が出やすくなり、小学校でも頻繁に出血した。そのため「あいつは四六時中女のことばかり考えて興奮しているいやらしいやつだ」という事実ではあるが不名誉な評判が立てられてしまった。しかも、殴った後に父はいつも悔恨ともとれるような心細い表情を浮かべるのだよね。殴られた痛みはほとんど忘れてしまったが、あの情けない表情だけははっきりと覚えている。僕を傷つけたのはむしろあの顔だった。この人は直後に後悔するような行動を自制出来ないのか。そんな馬鹿な男の息子ってどうなの?

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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