『ジャンプ』作ろうとしたけど中身は読んでいなかった
—— そうやって辿り着いた「物語」である『徘徊タクシー』(新潮社)が、三島賞みたいなきちんとした文学賞にもノミネートされたことで、いわゆる世間にも受け入れられやすくなったところはあるよね。
坂口恭平(以下、坂口) あと使う言葉が変わったのもあると思う。物語である以上、“指示はしない”んだけど、その代わり“自分の空間を提出する”。しかもそのときに、オレ独自の用語を使わないようになった。たとえば「都市のレイヤー」とか。使い方は間違ってないんだけど、オレの用法だったでしょ?
—— たしかに「坂口語」として使っているところはあった。
坂口 でも、そうじゃなくて、誰でもみんな使っている言葉で書こうと思ったんだ。「アブラナの花びらにテントウ虫が乗ってる」っていうふうに。そのためには、いままで使っていた用語を再構成するし、再定義もする、と。
—— たしかに『現実脱出論』(講談社)の居酒屋の広さの話とか、これまでにないくらいわかりやすかったね。お店の準備中は空間を狭く感じるのに、営業してお客さんが入ってワイワイしだすと、途端に空間が脹らむ感じとか。
坂口 それをいままではわかりにくくに書いてしまっていたの。たぶん「自分の考え」ってことを意識しすぎていたんだと思う。でも、自分を捨てられたんだ。というか、リアルに殺したんだね、自分を。それがたぶん2013年に、『幻年時代』(幻冬舎)を書いた前後の、強烈な鬱だった。あそこで、自分が消えて、空間をただ目の前のテキストに編みこんでいくっていうふうに転換したんだよね。でないと、自分がとんでもない状態になってしまう。『幻年時代』には、まだその混沌とした感じが残っているけど。
—— その混沌が、『現実脱出論』と『徘徊タクシー』という二つの方向性で整理された感じもあるね。
坂口 この二作は書いたのも同時期だったし。版元こそ違えど、オレの中では上下巻というか。『現実脱出論』を書いたことで、『徘徊タクシー』の意味が後からわかってきたような感じもある。よく自宅の部屋で、これまで書いてきた本を並べてみるんだよ。「これとこれが結びついていて、こうなって、このときは失敗して、流産したこれもあって……」とか、そんなふうに自分の本の家系図を辿ってみると、いろいろわかってけっこう面白い(笑)。
—— どの本にも坂口恭平のある要素が流れ込んでいて、絡み合ってるからね。しかし、坂口の本はほぼすべて目を通しているけど、『現実脱出論』はとりわけぶっ飛んだ本だなと思った(笑)。
坂口 ふふふ(笑)。なんかね、『徘徊タクシー』はまだ「小説」って型に絡め取られたところがあってさ。物語という意味では『現実脱出論』のほうが飛べたんだよね。
—— 『現実脱出論』はどのくらいで書いたの?
坂口 初稿に関して言えば、1日10枚で、25日。さらに2稿、3稿でガラガラと変わっていったところもあって。ほら、推敲を学んだんだからさ(笑)。で、最終的な執筆期間は3ヵ月ぐらいかな。
—— 枚数を決めて、毎日コツコツ書くタイプだよね。
坂口 そういう自己管理能力は高いと思う。小学生の頃に、一人で『ジャンプ』を真似た漫画雑誌をつくろうと思ったことがあって。タイトルは『ホップステップ』って言うんだけど(笑)。まず本家『ジャンプ』の束の厚さを見てビビるわけよ。「どれだけ漫画を描けばこの厚さに届くんだよ!」って(笑)。ただ、1日1ページ描けば、30日で30ページ描けるってことに気づいて、ちゃんとやるんだよね。
—— エライね(笑)。
坂口 でも、あるとき後ろの目次を見たら、『ジャンプ』って一人の漫画家が描いてるわけじゃないんだ! って気づくの(笑)。
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