電気サーカス 第3回

高速デジタル回線も常時接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってネットに接続していた時代。“テキストサイト”をはじめた“僕”は、母の居酒屋を手伝いながら、周囲に起きた出来事を日記にして公開する毎日を送っていた。

 店は繁盛しているし、家族もそれぞれ不満のない収入を得ている。このまま予定を変更して支払いを続けていった方が良いような気もするけれど、不思議と誰も言い出さない。
 まあ、父の借金返済のために残った家族みんなで何年も何年も働くなんてのは、いかにも馬鹿げた話だものね。母は少しでも早く新しい人生を再出発したいし、僕ら息子はまだ若い。こんな居酒屋の兄ちゃんなんぞいつまでもしていたくはないのだ。それに、これで忘れたころにひょいと父が帰って来て、またやりなおしたいなんて言い出しても腹が立つじゃないか。家族みんなで放棄して、全部父に押しつけて逃げようという意趣返しの気持ちは、少なくとも僕にはあった。僕らには帰る場所なんぞいらんのだ。
 もっとも、今のこの好景気を維持し続けるってのも土台無理な話だろう。こんなものは一時的な現象で、早晩閑古鳥が鳴くのは間違いない。客が正気を取り戻して、僕らが作ったいい加減な料理をまともに味わうようになったらおしまいだ。先行きは暗い。だから、稼げるうちに稼いで、それぞれ金だけを貯めて辞めるのは、あるいは賢明な判断なのだとも思う。
 いずれにしろ、店と家がなくなるのはもう確定事項なのだから、僕もぼちぼち新しい住まいを決めなくてはならなかった。母や弟は既に次の準備を始めているようだし、のろのろしている暇はない。僕らの一家離散は、もう目前まで迫っている。
 十一月も終わりに近づき、エックスデーはすぐそこだ。そろそろ張り紙か何かで閉店を告知しなくてはならない。当然従業員には事前に伝えるべきなのだけれど、僕らはまだ何も話していなかった。
 どう話そうかな? これだけ繁盛している店を閉めると言えば驚くに違いない。要するに家庭の事情で辞めるわけなのだけれど、それをどう説明するべきか。ネット日記で赤の他人におもしろ可笑しく語るのとはわけが違う。ネットならばどんな不幸でもコンテンツとして成立するだろう。しかし、面と向かって口頭で伝えるとなれば、どう言ったって笑い話にはならぬだろうし、仮に話した結果亮介が笑ったとしても、それはそれで腹が立つ。
 そんなことを考えながら、亮介のコジマさんへの愚痴を聞いていた。
 ラストオーダーがなかったので亮介を先に帰し、調理場の片付けが終わると、ホールスタッフに挨拶をしながら店を出る。そこから二階に上がればすぐに僕の寝起きする元事務所だが、いつもすぐにそこへは戻らず、入浴のために一旦家に行っていた。高校時代までは僕も暮らしていたその一軒家は、店とは道路を挟んだはす向かいにあって、リビングの明かりが煌々と夜の空に輝いている。
 三男が帰っているのかな、と思いつつかまちをまたぐと、次男がリビングルームでテレビを見ていたので驚いた。

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電気サーカス

唐辺葉介

まだ高速デジタル回線も24時間接続も普及しておらず、皆が電話回線とテレホーダイを使ってインターネットに接続していた時代。個人サイトで自己表現を試みる若者達がいた……。

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