第7回】歴史的偉人との遭遇

宇宙開発だなんて言ったって、日々の仕事はそんな地味な作業の連続である。しかし、この日は特別だった。NIACで研究費を獲得した僕は、フロリダ・ケネディ宇宙センターへと向かった。そこで出会った人物は、今からおよそ46年前に月面に着陸した僕のヒーローだったーー。

人類が誕生してから25万年の間に、何百億もの人が、この地球という星で生を享けた。その殆どは地球以外の星の土を一度も踏むことなく、地球の土へと還っていった。

しかし、たった12人だけ、例外がいる。アポロ計画の宇宙飛行士たちである。そしてその中でも最初に月に足跡を残した二人が、アポロ11号のニール・アームストロングとバズ・オルドリンだ。アームストロングが土に還った今、オルドリンだけが、この人類の輝かしい栄光を現在に伝える生き証人である。野球少年にとってのベーブ・ルースやサッカー少年にとってのマラドーナのように、アームストロングとオルドリンは、僕のような宇宙少年にとってのヒーローなのだ。

それから20年あまり。僕はエンジニアとしてNASAで働くようになった。そして遂に、オルドリンと会って話す機会に恵まれた。

以前の記事に、NIAC(NASA Innovative Advanced Concepts)というプログラムから研究費を勝ち取り、「彗星ヒッチハイカー」の研究をしていることを書いた。先月、NIACの研究費を取った人たちが一同に会するミーティングがフロリダであった。なぜフロリダか。NASAの有人宇宙船のすべてを宇宙へ送り出した、そしてヒビトやムッタが宇宙へ旅立つ場所でもあるケネディー宇宙センターが、そこにあるからだ。

ミーティング初日の朝。会場は結婚式の披露宴に使うようなホテルの大広間で、既に50人ほどの人が集まっていた。ミーティングが始まると、まず司会者がゲストを紹介した。そうそうたる顔ぶれだった。銀河系に存在する地球外文明の数を与える「ドレーク方程式」を考案した学者であるフランク・ドレークや、SF作家のデイビッド・ブリン、ジョー・ホールドマンもいた。

そして最後にさりげなく、バス・オルドリンの名が紹介された。僕は耳を疑った。皆の視線が集まる方向を見ると、メガネをかけた小柄な老人が、腕を組み、しかめっ面をして座っていた。にわかに会場がどよめき、何人かが携帯電話で写真を撮り始めた。しかし彼はまるで意に介さず、微笑みもせず、岩のように硬い表情のまま、前方の何もない方向を凝視していた。自分に注がれる視線への拒絶を背中から感じた。粘土が空気に晒されると表面が硬くなるように、今まであまりにも多くの視線に晒され続けてきたヒーローの心の表面には硬い殻ができているのだろうか。

月を歩いた男が同じ部屋にいる。しかも午後には僕のプレゼンテーションがある。少年時代のヒーローに自分の研究発表を聞いてもらえるとはどれほどの幸運だろうか。しかしなぜか実感が沸かなかった。以前にオルドリンにニアミスした時は非常に悔しかったのに、いざ叶ってみると不思議なほど平常心だった。「これはすごいことなんだぞ」と頭が心に言い聞かせ、興奮を無理強いしているようにすら感じた。

テレビで何度も見た若く野心あふれるオルドリンの姿と、目の前にいる白髪で小柄な老人の姿が、どうしても重ならなかったからかもしれない。だがそれだけではない。。ヒーローは、テレビの中や、ステージの上や、スポットライトの中にいるべきであって、同じ部屋の同じパイプ椅子に座っているべきではないのだ。憧れとは隔絶した距離にある対象に近づかんとする作用であるが故に、十分に近づいてしまったらその作用は働かなくなる。自分はなんとひねくれているのだろうと苦笑した。

彗星ヒッチハイカーのプレゼンテーションは、前日に飛行機の中やホテルで練習した甲斐あって順調だったし、受けも上々だった。( プレゼンのビデオが公開されているのでご覧になられたい。)現在の僕の研究は「フェーズ1」で、来年度の「フェーズ2」に進むにはさらなる選抜がある。このプレゼンの出来が、直接的ではないにしろ、フェーズ2に進めるかどうかに影響する。

僕はプレゼンを「知的エンターテイメント」だと思っている。内容はもちろん学術的なものだが、客に楽しんでもらってナンボなのだ。だから小説を書くようにストーリーを練る。アメリカに来て8年たってやっと使えるようになったアドリブのジョークも混ぜる。聴衆たちの顔を見て、彼らが楽しんでいるか、そうでなければどう盛り上げるかを考えながら話す。だからプレゼンの間は頭がフル回転している。

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宇宙人生—NASAで働く日本人技術者の挑戦

小野雅裕

世界で唯一、太陽系の全ての惑星に探査機を送り込んだ機関があります。それは、NASAのJPL(ジェット推進研究所)という組織。そんな宇宙探査の歴史を切り拓いたともいえるJPLで働く技術者・小野雅裕さんが目指すものとはーー。『宇宙兄弟』ス...もっと読む

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