戦国武将、ミームを語る──柴田勝家インタビュー vol.2

後半は『ニルヤの島』のテーマともなった柴田氏の死生観から、SFに対する考え方へと続き、氏の価値観を形成したアニメや漫画の話にも及んでいく。知的スケールも体格も大型新人の貫禄と風格を併せ持つ柴田勝家の内面に迫る。(インタビュアー:渡邊利道)


■人とミームと死後の世界

── 『ニルヤの島』では、作品全体で模倣や類似など、ミームが非常に重要な意味を持っていますね。ただミームは、遺伝子が物理的な実体があるのとは違い、きわめて文化的・概念的なものです。しかしこの小説の設定ではミームから情報論的にアルゴリズムが抽象されて、そのことによって文化や世界を決定できるということになっていますよね。これも現代のビッグデータ革命からきているんでしょうか?

柴田勝家(以下、柴田) ビッグデータのことはずっと考えてはいたんですけど、そこまで結び付けられなかったので、どちらかというとアルゴリズム自体の方を強く考えました。人間の行動には何かしらの配列があって、いまはただそれが見えないだけなんだと。DNAのように、それを観測さえすれば決定論的な世界を実現できるものとして、配列という設定を出しました。

── SFではこれまで『神狩り』や『ハーモニー』のように、決定論的な世界はディストピアとして描かれることが多かったわけです。でも、この小説の場合はその世界が幸福感にあふれていて、強いユートピア性があります。どうしてでしょうか?

柴田 それは……ワシ自身ディストピアを求めているから……でもないのかな。いや求めているのかな?(笑) 小説がひとつの方向だけを向かないように反対意見も残しつつ、大きな流れとしてはディストピアでもいい、死後の世界があるほうが幸せだよね、という方向に向かわせました。登場人物たちはもうけっこう歳をとっているから、そのほうが幸せだったりもするんじゃないかなと。ワシの年齢でそう言ったら、何とも言えないんですが。

── 年齢を重ねている人間に、あこがれのようなものがあるということですか?

柴田 うーん、自分もできるならば死後の世界を理解したい。そして向こう側の世界でワハハワハハと笑っていたい、ぐらいには思っていますね。

── それはたとえば民俗学で古老の方々のお話を聞いたりすることの楽しさなどとも一致するものなんでしょうか。

柴田 年を経た人たちが興味深いのは、それぞれが独自にコミュニティを作っていたりしていて、そこには決定論の世界が……とまでは言いませんが、死が近くにあるからこそ生まれる世界観があるように感じたんです。自分の年齢だとまだ真正面から死を見つめることがなかなかないので、なおさらそう思ったのかもしれません。  そういったこともあって、この小説では死後の世界へ行けるということを、一種の安心として用意するようにしました。

──死後の世界というと西洋的には天国や地獄という垂直構造をもっていますが、『ニルヤの島』の死後の世界はどちらかというと水平構造になっていますよね。境界を越えて、「向こう側」に行く。

柴田 死が並行的な移行というのはすごく日本的な考えだと思うんです。神道でも、罪・穢れは向こうに流す。「流す」と表現するということは、下流だとはいえすぐ下、底ではなく、この先なんだと。流れていく先にあるんだという考えなんです。『ニルヤの島』においても、死後の世界は海の向こうです。清浄なるものへの並行的な移行という意味で、垂直ではない日本的な死生観を意識しました。

── 本作はやはり、「日本」が大きな要素なんですね。

柴田 そうですね。ミクロネシアを舞台にしましたけど、人類の根底に、日本人的なものが抽出できるのではないかと。

── 過去に中島梓さんが「個人の死を自覚したところから近代文学が始まった。それに対して、核戦争で人類は滅亡するという可能性を考えるようになってから、人類が文学の対象になった。それがSFだ」って言っていたんです。だからこそ、この小説で個が解体されていくのは非常にSF的だと選評で神林先生もおっしゃっていたわけですね。そのあたり、人類全体に対するイメージはおありでしょうか?

柴田 やっぱりSF的というか、人類全体の枠で考えることはよくよくありまして。そうした思考の枠組みは、ワシがやっていた民俗学や文化人類学とも相反さない部分で、すごく近いと思うんですね。種族とか人間とか、そういうスケールを対象にするのが肌に合っていたんだと思います。『ニルヤの島』もSF的な発想で人々の未来像を考えたというよりは、文化人類学的な流れで、こういう状況に人類が放り込まれたらどうなるんだろうということを意識して考えていたふしがあります。

── あとは選評でも言われていましたが、島をつなぐ橋のイメージにインターネットの電脳世界が重なるんじゃないかと。

柴田 それは考えました。全体的にニューロンやシナプスのつながりをイメージしながら書いていて、いまのインターネットのつながりも、いずれは疑似的にそうなっていくだろうということで。

──ちなみに、『攻殻機動隊』などのSFアニメもご覧になっているんですか?

柴田 『攻殻機動隊』は大好きでして、映画も全部観ました。基本アニメは好きで、SFも、萌えアニメとかも観ます。

── 実は、この小説を読んでいたら、諸星大二郎さんの『マッドメン』を連想したのですが。

柴田 大好きです。

── なるほど。

柴田 実は高校生のときは片側に『幼年期の終り』、もう片側に『孔子暗黒伝』……という時期がありましたので。諸星先生は本当に全部好きです。『マッドメン』も好きですし、ニイルに関しては『孔子暗黒伝』のなかに「二色人(ニイルビト)」っていう一言がありまして、それをモチーフにしています。沖縄のニライカナイからくるまれびとの伝承がもとになっていて、赤と黒の二色に分かれている存在なんです。

── 民俗学でSFといえば、やっぱり諸星大二郎ですね。

■ワシらの知らない物語

── おはなしを聞いていると、柴田さんは「物語」そのものについてすごく熱い思いがありますよね。

柴田 物語についてですと、作品の中でもナラティヴという言葉をよく使ったんですけども、叙述することっていうのがすごく大事だと思っています。民俗学にしろ文化人類学にしろ、聞き書きの対象っていうのはいつも人なんですが、その人が話してくれた言葉の内容が、全部真実になってしまうんですね。言葉の裏にどんな感情があったとしても、言葉だけしか学者は記せないし、それだけが後世に残ってしまう。その人が本当は持っていた感情だなんだというのは切り捨てられてしまい、残るのはただの〈記述〉です。それに対し、〈叙述〉というのは個人が「私はこう思った」という想いを物語化して残すということです。この叙述も、一方ではとても大事なんじゃないかと思うことがあります。記述に頼った社会の不安定さはちょっと怖くて、個人が物語を語ることも、それはそれで大事だなと。  宮本常一さんという民俗学者の方がいらっしゃって、この方が『忘れられた日本人』という本で土佐源氏のことを聞き書きで書いたんですけど、それには多分に創作が入っていたのではないかと話題になりました。そのとき、創作行為を批判するのと、聞いた言葉を記述するだけで本当にいいのかと問い直すふたつの立場がありました。ワシもちょっとまだ立場を決めかねているんですが、そんなことも考えています。

── 叙述ということでは『民話の形態学』のような物語の類型を分析する研究もありますが、そういった分野も創作のご参考にされているんですか?

柴田 はい、参考にしております。柳田國男では『桃太郎の誕生』を読んだり、いろんな昔話の構造とか、類型などを見ていきました。『ニルヤの島』でも神話的な流れなどを追いながら、その系譜と重ね合わせられるように、類型化しながら書いている部分もあります。

── 小説という形式を選んだのもそういう叙述の工夫がきくから、と。

柴田 そうですね。好きでそういうことを書けるというのは、とても幸せです。

── ただ一方で、現代では誰もがSNSで自分の物語を自分で書けるようになっていますよね。そういった現実は、いまのお話のような物語への関心とはどう結びつくんですか?

柴田 ツイッターなどもそうですが、誰もが自分で自分を叙述し物語化していくっていう現象には、やはり興味がありますね。見ていてすごく「作品にしたいな」って思います。一方で思うこともあって、本当はこれだけ呟くことがあったのに、もうすでに死んでしまった、昔の人たちの時代にはこの技術がなかったんだと。

── もし過去の人たちが生きていた時代にツイッターがあったなら、きっと呟かれていただろう物語。

柴田 ツールさえあれば毎日こんなに話される物語があったのに、ワシらの知らない過去の人は、それを言葉にせず抱えたまま死んでいってしまったのだとすれば、それにはやはり思うところはあります。

──その語られなかった物語を考えるのが小説であり、引き出すのが民俗学でもあるということですね。

柴田 そうですね。どうしても、そっちのほうに目が向きますね。

── ではそうすると、小説を書くことにもどこかシャーマン的なところが。

柴田 (笑)。世界を眺めて、「彼はこう思っていたに違いない!」と霊媒として語る。まるっきりそうですね。小説を書くにあたってワシは、この世界のどこかで必ず起こることを、ちょっと窓を通して見ているだけなんです。ずっとそういう立場から書いてきました。物語の世界はどこかしらに存在していて、ワシはただ、それを観測しているだけなんだと。

── 伝記の書き方に近いんですかね。

柴田 そうですね。虚構にしろ幻にしろあくまでも存在しているというていで、姿を見て書くという気持ちでやっております。

── ちなみに、もしこの人の伝記を書けるのなら書いてみたい、という実在の人物はいらっしゃいますか?

柴田 柴田勝家です。

──なるほど。

柴田 柴田について思うところはたくさんあります。やつは結局、秀吉に敗れたから歴史上でも敗北者とみなされてしまった。それは仕方ない面もありますが、そこまでいったというだけでも、武将として相当な実力者だったというのは確実ですから。

── 研究のほうも続けられる予定ですか?

柴田 続けたいところですが、研究テーマがなかなか難しく、時間がかかってしまうかなと思います。いまは日本に残った媽祖(まそ)信仰をやっております。  媽祖というのは航海の神様で、その信仰が十七世紀、江戸時代に日本に渡って来たんです。それが日本化して、少しずつ別の信仰の形に変わっていったんですね。それをメインに研究しております。

── 『ニルヤの島』の世界以外では、他にどんなSFを書いてみたいですか?

柴田 サイバーパンクも好んでおりますので、そういったものを。あとは少し今回と地続きになってしまいますが、日本の未来ということでは「死」に関するものですね。『ニルヤの島』でも出した、死ぬことに対する産業化などの部分を膨らませられないかと考えております。

── 最後に、SFマガジンの読者に向けてメッセージをお願いします。

柴田 柴田勝家として、これから出ていきたいと思いますので、まずはこの名と顔をみなさまに覚えていただければと。宜しくお願い申し上げます。

── ありがとうございました。

(インタビュアー/渡邊利道 構成/早川書房 2014年11月4日/於・早川書房)



『ニルヤの島』(ハヤカワ文庫JA)

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柴田勝家インタビュウ

柴田勝家

2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビューした、戦国武将の名を冠する謎の男。遂にテレビからもお声が掛かり、2月19日(木)23時からのフジテレビの「アウト×デラックス」に出演! マツコ・デラックス&矢...もっと読む

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コメント

Hayakawashobo 『ニルヤの島』の著者、柴田勝家氏って? 深く知りたい方は、こちらのインタビュウを。 3年以上前 replyretweetfavorite

thysh ── ちなみに、もしこの人の伝記を書けるのなら書いてみたい、という実在の人物はいらっしゃいますか? 柴田 5年弱前 replyretweetfavorite

prisonerofroad #book #SF #柴田勝家 5年弱前 replyretweetfavorite

coywai 作家として・研究者として真面目な語り。かなり面白い 5年弱前 replyretweetfavorite