■新人SF作家、柴田勝家
── まずは、やはり、ペンネームの由来についてお聞かせください。
柴田勝家(以下、柴田) ワシはもともと戦国武将の柴田勝家が好きだったのですけれども、名乗るようになった発端は、大学に入りたてのころ、教室で話している最中に「こんなの賤ヶ岳(しずがたけ)だよ!」と言ってしまったことです。いま思えばどういう流れでそれを言ったのかもわからないのですが、「え?」という顔をされたので、「えっ知らないの!? 柴田勝家と羽柴秀吉の戦だよ」とずっと語っていたら、周囲の人々が全員「あいつは勝家だ」と認識するようになりまして。なので自分でも勝家を押し通していって、文芸部でペンネームを決めるときも、そのまま柴田勝家に。
── 受賞が決まったとき一度ペンネームを変更されて、そのあとまた元に戻りましたね。編集部からは「あまりに戦国武将だったから」という説明がありましたが、ご本人としてはどういった認識で?
柴田 受賞のお電話をいただいたときに「柴田勝家というのは、ちょっと……」と言われました。実のところワシも我ながらさすがにマズいかなとは思っていて、選考を1次、2次と通るにつれて「これはいつ戻す機会があるんだろう……」と(笑)。結局それで最後まで通ってしまったので、お電話をいただいたとき「では、戻させていただきます」と申し上げました。でも、それから数日経って早川書房さんにお邪魔させていただいたんですが、そこで、この容姿、立ち居振る舞い、言葉遣いすべてを鑑みていただいた結果「柴田勝家のままで大丈夫だろう」と戻していただきました。
── 現在も大学では文芸部に所属されているということですが、普段からSFを書かれていたのでしょうか?
柴田 文芸部では、とにかくいろんな種類の小説を書いていましたね。書けるものはできるかぎり書いてみておこうと。そしてやはり、自分の得意なジャンルというのは書いていくなかで見つかるもので、ワシにとってはそれがSFだったんです。
── 読むほうでもSF小説はお好きだったんですか?
柴田 はい。いちばん最初にSFを読もうと思ったのは高校生ぐらいですかね。最初に取ったのが、クラークの『幼年期の終り』でした。そこからちょいちょいと、手に取りながら読んでいたんですけれども、SFに対するひとつの転機になったのは、大学に入ってからもう少し世界を広げて読んでみようとして出会った伊藤計劃とグレッグ・イーガンでした。ふたりの小説を読んで、改めてSFはすごいなと。
アーサー・C・クラーク 『幼年期の終り』(ハヤカワ文庫SF)
── SF以外の読書歴は?
柴田 小学校六年から中学校一年ぐらいのあいだに、京極夏彦さんのシリーズをだいたい読みました。そこで妖怪ってすごい!と思ったのを覚えていて(笑)、民俗学に対する興味もそこが始まりでしたね。そのほかには古めの伝奇も好きで、国枝史郎なども好んで読んでいました。
──そうした流れで、民俗学の研究をするようになったのでしょうか?
柴田 民俗学は成城大学の一年生に入ったときからずっと講義を取っていて、大学院は日本常民文化専攻というところで学んでおります。主に日本の民俗を中心に、信仰の変遷などを研究していて、いろんな民間信仰や俗信などと言われるものまで大きくひっくるめて勉強しております。
── 『ニルヤの島』でも民俗学的な知識が活かされていますね。
柴田 大学の文芸部で色々なSFを読み、勉強は民俗学を続け……というのをやっていくうちに、だんだんひとつに結びついていったようです。『ニルヤの島』の原型を初めて出したのは2012年、文芸サークル内の冊子に載せたのが最初でして、そのときの品評会では部員とOB・OG、合わせて30人ぐらいの方々一人一人から意見をもらいました。今回応募するにあたってはそのときの意見も参考にしながら書き直したので、本当にそのサークルには助けられております。
── 新人賞へは今回が初投稿ですか?
柴田 ちょうど今年に入って投稿し始めました。順番でいいますと今年の1月に創元SF短編賞に送ったほうが先なので、2つ目ということになります。ただ書いていたのはほぼ同時期ですね。
── ちなみに、短編賞のほうはどういった内容だったのでしょうか。
柴田 火星を舞台に、アメリカのサバイバル番組のようなものを考えていました。
── 27歳の若さでのデビューということになりますが、同時代の作家で意識されている方はいますか?
柴田 年齢が近いというところだと、吉上亮さんはちょっと意識していますね。作家として先輩なので。あとはもちろん、SFコンテストの第1回を受賞された六冬和生さん。今後もしお目にかかれる機会がありますれば、喜ばしい限りです。
吉上亮 『パンツァークラウン フェイセズ(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ)』(ハヤカワ文庫JA)
── 作品への質問に移ります。『ニルヤの島』はミクロネシアを舞台にした文化人類学もののSFですが、一方でタイトルや作中に出てくる伝承には沖縄のものが使われています。これにはどういったお考えがあったのでしょうか。
柴田 そこもやはり、発想の源は民俗学の教えです。たとえば柳田國男は晩年になると「日本の文化は南島にある」ということを言っていたり、精神性みたいなところを本土ではなくもっと南寄りの場所に求めていた節がある。ミクロネシアを舞台にしてそうした精神性とのつながりを意識しつつ、日本との歴史を考えてもやはり沖縄は外せないだろうということで、両者を混ぜ合わせていく手法をとりました。
── 第二次世界大戦の前後に日本が植民地を作っていたために、ミクロネシアに移民された日本人も多いそうですね。
柴田 ミクロネシアの歴史をみていると、日本とアメリカの影響がいかに大きかったかがわかるんですな。この作品はその歴史的な流れのもう一段階下の、人間としての流れからもつながっていったんじゃないかという部分を意識しながら書きました。
── 最初に舞台をミクロネシアにしようと考えたのは何故なんでしょうか?
柴田 書いていた当時はちょうどTPPの問題が出てきたころで、環太平洋地域全体が今後どうなっていくのかわからない状況でした。もしひとつの大きな共同体になるとしたらミクロネシアが中心になるんじゃないかと考えていた時期がありまして、小説でもそこに舞台を絞った次第です。
── 現実の時系列の延長線上でアイデアを思いつかれているんですね。
柴田 そうですね。いまの流れから未来はどうなるんだろうと考えていきました。
── それでいくと、作中のS&C社という会社も、ビッグデータを扱っていくタイプとして現代でいうGoogleを思わせます。
柴田 おっしゃる通りで、Googleもやがてこういう感じになっていくんじゃないかと思いながらS&C社の設定を考えました。細かい情報を集めることで、Googleという大きな会社が、人間の行動そのものを全部定めようとしているんじゃないかと。
── この小説中の未来ではブロック経済がイスラム圏やアジア圏などでそれぞれ完成していて、国家を超越するグローバル企業が台頭していますね。
柴田 国家については文化人類学のほうでもいくつか勉強していまして、そうすると近代国家はそんなに歴史が古いものでも、きっちりとしたものでもないということがわかりました。国家という形態は一過性のものなのかもしれないと思えば、そこに頼らない未来もあるだろうと考えました。
── 『ニルヤの島』は断章形式になっている小説です。四つに配列されたパートが細かく時系列をバラバラにしながら前後していき、通して読むとすごく全体がキチッとまとまる。そういうタイプの作品だと思うのですが、この断章形式はどういった意図で作られたんですか?
柴田 書いていて、ここがいちばん難しいところでした。複数人の視点から一つの大きなものを見て、それが影響し合って最後に物語になるっていう形を作りたかったんです。影響元を話してしまうのはお恥ずかしいのですが、イーガンの『順列都市』へのあこがれもあります。
グレッグ・イーガン 『順列都市(上・下)』(ハヤカワ文庫SF)
── 他にも作中には時系列を分断するSFガジェットとして「主観時刻(タイムスケープ)」という設定が出てきますが、このアイデアはどこから出てきたのでしょうか。
柴田 もともと主観時刻というガジェットを使わず、単にあやふやで何も見ていない不安定な男としてノヴァクという主人公を出したんです。でもそうしたら、文芸部の品評会で「地に足がついていない、読みにくい」と言われまして。なので改稿する段になって着地の仕方を考えた結果、意識がバラバラならそれを活かせるような技術を出せばうまくいくんじゃないかと思って、主観時刻という設定を思いつきました。
── まさにSF的な理屈付けですね。本作のメインキャラクターのノヴァクとヨハンナは、二人とも中年から老年に向かう方々ですよね。何故この年齢になったのでしょうか。ご自身と年の離れた登場人物は書きにくくはありませんでしたか。
柴田 文芸部で書いた他の作品もいくつかあるんですけど、だいたい歳を重ねている登場人物が多いです。若者を主人公にすることもたまにあるんですけど、どうしても品評で「熱さがない」と評価される。熱さを持っているキャラクターを書くのが苦手で、じゃあどうしたらいいんだろうと思うと、やっぱり淡々と物事を見られる精神性をもったほうにいくんです。
── 人生を積み重ねてきた人間にとってはこうであろう、というような想像を。
柴田 そうですね。これもやっぱり民俗学の話につなげてしまいますと、資料として聞き書きをよく読むんです。すると、自分はこうだった、というように誰かが人生を語る文章がよく出てくるんですね。それを読んでいると、ああ、この人はこんな人生を送ってきたんだ、という想いが自然と、いくつか溜まってくるんです。それを引き出しのなかにしまっておいて、小説を書くときに取り出したりします。
── 聞き書きのなかで、特にこの本に影響を受けたとか、この人の物語がおもしろかったといったことはありますか?
柴田 聞き書き自体は子供の遊びの話から色んなものがあるんですけども、一冊の本という形にするとやっぱり、柳田國男の『遠野物語』はとてもよかったです。今も地続きに生きている人が、ちょっと前にはこんな不思議なことがあったんだという話を語るのは、物語として素晴らしかった。
── あとは、小説のなかでイメージとして印象的だったのが橋と船のイメージです。橋というと民俗学的には異界との境界で、その橋が落ちて船が通る。このイメージの連鎖は意識されていたんですか?
柴田 そうですね。閉じた状態と開いた状態というふたつのイメージで考えました。
(vol.2へ続く)