平田オリザがいま輝いている3つの理由
演劇界を一変させた先駆者!
芝居がかったセリフではなく、日常的な話し言葉で作品を紡いでいくスタイル「現代口語演劇」を確立。その手法は、後の演劇界の大きな潮流になりました。
処女小説がももクロ主演で映画化!
2012年に出版した処女小説『幕が上がる』は、主演にアイドルグループのももいろクローバーZを迎え、映画化されました(2015年2月28日公開)。
世界初の「ロボット演劇」を上演!
ロボット工学で有名な石黒浩教授と共同で、ロボットが人間の俳優と共演する世界初のロボット演劇を上演。ロボットと人が一緒に暮らす社会を描きました。
この小説を読んだ劇団員からは、「気持ち悪い」と言われました
—— 『幕が上がる』は、高校演劇の世界を描いた青春小説ですね。
平田オリザ(以下、平田) そうですね。小説の中の高校生たちは、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を翻案した舞台を作っているんですけど、ちょうどこれを書いていた時に、僕もフランスで子供向けに『銀河鉄道の夜』を作っていたんですよ。
—— そうなんですか。じゃあ、当時の経験が反映されているんですか?
平田 はい。実際に、フランスで俳優たちや子供たちに話したことがこの本に書かれています。
—— そもそも、劇作家として30年以上のキャリアがありながら、どうして今まで小説を書かなかったんですか?
平田 若い頃は、僕も「小説を書きませんか?」っていうお誘いを出版社の方からいくつもいただいてたんですよ。ただ、機会を逃し続けているうちに、声もかからなくなりまして。完全に「あの人は書かないんだ」と思われたんでしょうね(笑)。
—— キャリアが増すほど、そういう提案はしづらくなりそうですね。
平田 それで、いつの間にか本谷(有希子)さんや岡田(利規)君※ら、僕より下の代が出てきまして。
※本谷有希子、岡田利規:ともに70年代生まれの劇作家。
—— 本谷さんも岡田さんも、いずれも大江健三郎賞を受賞するなど、小説の世界でも高く評価されていますね。
平田 えぇ。そうなると、上の世代の僕にはなおさら声をかけづらいでしょう(笑)。
でも、実は10年前くらいから小説は書いていたんです。その頃から海外での仕事が増えたんですが、向こうに長期滞在している間はけっこう時間があるので、いくつか小説の出だしだけを書いては捨て、書いては捨て、ということをしていたんですね。どれも最後まで書き切れなかったんですけど。
—— どういったものを書かれてたんですか?
平田 初めてわりと長く書けたのは、SFのラブロマンスもの。月がふたつある惑星での恋愛話です。それをちょっとずつ書いているうちに、村上春樹さんの『1Q84』が出版されて。
—— そういえば、『1Q84』も、月がふたつ浮かぶ世界での恋愛物語……。
平田 そうなんです。読んですぐ、「あちゃー」って思いましたよ。「これでもう、僕の小説は日の目を見ないかわいそうな子になるな」、と(笑)。
でも、考えようによっては、村上春樹さんと同じ設定で書いてたんだから、僕が先に出してたら200万部くらいいけたかもしれないなんて(笑)。
—— 確かに(笑)。
平田 そう考えると、逆に自信がついちゃって(笑)。
ただ、自分にどんなものが書けるかわからなかったので、いろんな小説を試していく中で、初めて最後まで書ききれたのが、この『幕が上がる』なんです。
—— この小説は、ある高校の演劇部を舞台にした青春物語でありつつ、今の演劇の世界を紹介する“演劇入門書”のようにも読めますね。
平田 結果として、そんな内容になりました。これを書いた理由はふたつあって、ひとつは、高校演劇という非常におもしろい世界を世の中に知ってもらいたかったから。
もうひとつは、演劇を作る過程で「演出家とは何をやっているのか」ということを書き記しておきたいと思ったからなんです。
—— 主人公は、初めて演出を任された女子高生。彼女が悩みながら演出プランを組み立てたり、役者たちと関係を作っていく過程が、丁寧に描かれています。
平田 たぶん、演出家の内面って、演出家にしか書けないと思うんですよ。そういう意味では、僕がこの本を書いたことに意義があるのかなと思っている。
ただ、これを読んだうちの劇団員たちからは、「気持ち悪い」ってさんざん言われましたけど。
平田 僕が女子高生の小説を書くなんて、気持ち悪いって言うんですよ(笑)。「読んでるとオリザさんの顔が浮かぶ」とか。
—— 確かに、演劇のせりふなら俳優がしゃべりますが、小説の中のせりふは、それを書いた作家がしゃべっているようにも錯覚しますね……。
平田 そういうこと(笑)。「よくこんなリアルな女子高生のせりふが書けますね」とか言われたんですけど、それは劇作家なんだから当たり前でしょ(笑)。
演劇を同じ基準で評価することなんて無理
—— 平田さんは、日常的な会話で演劇を作るという、「現代口語演劇」を提唱されています。大げさな話し方や、これみよがしなクライマックスを回避する平田さんの作品は、90年代に同時代の小劇場系の作品と合わせて<静かな演劇>として注目され、その後の演劇界のひとつのスタンダードになりました。
この『幕が上がる』の中でも、「静か系」という言葉で、現代口語演劇的な舞台が紹介されてますね。
平田 まぁ、まったく触れないのも不自然なので。一応、書きました(笑)。
—— 「静か系」というと、いかにも女子高生風な言葉づかいなので、ちょっと衝撃を受けたんですが……。実際にそう言われることもあるんですか?
平田 ありますよ。高校生ではあんまり聞かないけど、大学生くらいの若い演劇人はそう言ったりするみたいです。
—— 今、これだけ現代口語演劇の手法が広がっていることに、感慨はありますか?
平田 いや、ないです。僕はこれが当たり前のものになるだろうと思ってやってきたので。
そもそも、日本の近代演劇は、西洋のやり方をむりやりに輸入してできあがったものです。だから、日本語としては変な文体やセリフ回しが横行して、歪んだものになってしまった。僕の「現代口語演劇」は、それをもう一度、現代の生きた日本語でやり直そうという試みなんですよ。
—— つまり、日本語として普通に使われている言葉を使った、普通の演劇が「現代口語演劇」だ、ということですね。
—— これがスタンダードになるのは当然のことだ、と。
平田 そうです。ただ、高校演劇の世界なんかだと、こういう演劇を知っているところと知らないところにまだわかれますよね。ネットがあってこれだけ情報が得られる社会になっても、演劇ばっかりはナマで観ないとわかりませんから。
世間のほとんどの人も、いまだに「演劇」っていうと芝居がかったイントネーションでセリフを叫ぶものだと思っている。だからこそ逆に、僕のやってることがずーっと注目され続けているっていう部分もあると思いますけどね(笑)。
—— コンクールの審査をする場合、たとえば80年代の小劇場的な芝居と、90年代以後の現代口語演劇のような作品が並んだ場合、どう評価をすりあわせていくんですか?
平田 それは比べられるものじゃないんです。ロックとクラシックとジャズを一緒くたにするようなものだから、同じ基準で評価することは無理なんですよ。
だから、僕の基準はひとつしかありません。「もう1回、観たいと思うかどうか」ですね。コンクールに出る大抵の作品は、残念ながら大抵もう1回観たいとは思いませんから(笑)。
次回「どんなに準備不足でも、定時に“幕が上がっちゃう”のがいいところ。」、2/25(水)更新予定。
平田オリザ(ひらた・おりざ)
1962年東京生まれ。16歳から17歳にかけて、自転車で世界一周旅行を達成。国際基督教大学に在学中、劇団「青年団」を旗揚げ。日常的な口語による劇作を「現代口語演劇」として理論化し、演劇界の大きな潮流を作る。1995年、『東京ノート』で第39回岸田國士戯曲賞受賞。演劇作品のほかに、コミュニケーション論を記した『わかりあえないことから』など、著書多数。現在、東京藝術大学・アートイノベーションセンター特任教授などを務める。
構成:西中賢治 撮影:加藤麻希
わかりあえないことから──コミュニケーション能力とは何か (講談社現代新書)
『幕が上がる』
2015年2月28日より新宿バルト9他にて全国ロードショー!