『臣女(おみおんな)』吉村萬壱(徳間書店)
介護の現場には、さまざまなものを失いつつある人々と、それを補い寄り添おうとする人々が集まる。記憶、言語、感情、身体機能……疑いもなく人間だと思っていた者からいくつかの要素が抜け落ち、なお残るもの。そんな存在と向き合い続けるとき、人間とは何かという根源的な問いが浮かび上がる。
『臣女』は、巨大化する妻を介護する男の物語だ。言葉や記憶だけではなく、人としての形さえも失ってゆく妻。単なる巨女ではなく、バランスの崩れたいびつな女。ひたすら食べて排泄する一本の巨大な管である“臣女”。SFやホラーには、介護の現場を扱ったものも巨人や巨大化を扱ったものも数多い。しかし本書はそのどれとも似ていない、異端の巨人妻介護小説である。
妻の巨大化が止まらない。体長はすでに三メートルを超えている。きっかけは3カ月あまり前のクリスマスイブ。高校に非常勤講師として勤める傍ら、作家としても細々と作品を発表している “私” は、若い愛人の部屋で情事に耽っていた。そして深夜に帰宅した私を迎えたのは、和室の窓ガラスにへばりつくように立つ妻・奈緒美。翌日にまで及ぶ問答の末、私が不倫を告白した夜から、奈緒美の巨大化が始まった。
まず異音とともに骨が部分的に成長し、肉が裂け痣が浮かぶいびつな姿になる。巨大化した頭や尻には、謎の寄生虫が湧く。その後、各部が急速に成長して徐々に人体としてのバランスを取り戻す。しかし大量の食事と排泄を経て、再び巨大化が始まり……その繰り返しだ。
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