読者投稿が作った「雑誌」と「作家」

出版不況が叫ばれている昨今、「本離れ」という言葉を耳にすることも増えました。しかし日本人は本当に本を求めていないのでしょうか? 出版業界はこの先衰退してしまうのでしょうか? 未来を見通すためには、過去を知る必要があります。今回cakesに掲載されることになった連載『作家の誕生』で、明治の出版市場の黎明期から三島由紀夫までを描いた作家・猪瀬直樹氏に、インターネット時代の出版ビジネスのヒントを伺いました。(インタビュー:加藤貞顕 構成:大越裕)

「雑誌」はどのように誕生したのか

— まず最初に、本書の冒頭に、1901年に報知新聞が発表した「20世紀の予想」が紹介されていますが、その予測があまりにも当たっていることに驚きました。

猪瀬直樹(以下、猪瀬) フランスの小説家で、「SF小説の父」とも言われるジュール・ヴェルヌが『80日間世界一周』を書いたのが1872年。そのころは船旅だから、世界を一周するには相当の時間がかかりましたよね。ところが報知新聞は未来予測で、「19世紀の末年において、少なくとも80日を要する世界一周が、20世紀には7日でできるようになるだろう」と書いているんですね。移動手段が馬車の時代に、「100年後には自動車が安く買えるようになって、寒い日も部屋を暖かくしたり冷たくしたりできるようになるだろう」と予見していて、それらは今、実現しているわけです。
 さらにすごいのは、携帯電話やインターネットの登場を予見していることです。当時は、モールス信号の無線通信がやっと実用化されたぐらいの時代ですよ。それなのに「100年後は、ロンドンやニューヨークの友人と、日本にいながらにして話せるようになるだろう」「人の顔を見ながら会話できる装置ができるはずだ」といったような、今で言うスカイプみたいなものを、すでに発想している。
「遠距離の人同士がやりとりして、品物を売買するようにもなるだろう」というのは、要するにいまのamazonだよね。さらに「ヨーロッパで戦争が起こりそうになったら、東京の新聞記者は編集局にいながら、電気力によってその状況を総天然色の写真として知ることができる」などとも書いている。今のグローバルなネットワーク時代の到来を、ほとんど完全に予想しているんです。

— すごいですよね。このころが同時に、日本の出版の黎明期にもあたるわけですね。

猪瀬 そう、それは日本で、新たにネットワークが急速に広がっていたことと関連があります。当時、モールス信号による電信が日本でも急激に広がっていた。電信柱というと、今はみんな「電力を送るための柱」と思っているだろうけれど、名前のとおり、じつは「電信」のほうが先なんです。
 西南戦争のときにはすでに、電柱が九州各地にも設置され、モールス信号による電信が行われていた。電信といえば、こんなエピソードが残っています。1876年、明治新政府に反発した士族が、熊本で「神風連の乱」というのを起こすんです。彼らは明治政府が発布した「廃刀令」に反発して、熊本城におかれていた日本陸軍の鎮台(地方を守るために駐在した陸軍の部隊)を170人で襲撃し、結局は全滅するんだけれど、その襲撃の際に「西洋のものは汚らしい」といって、電信の線の下を通るときに「わざわざ扇で頭を覆ってくぐって攻め入った」という記録がある。

— それはすごい(笑)。

猪瀬 報知の記事も、要するに「来る20世紀はネットワークの時代になるだろう」と予測しているんですよ。つまりその頃に、日本人の「空間に対するイメージ」が変わったんです。約270年続いた江戸時代の日本は、300の領地に分かれていて、各地を殿様が治めていた。長州藩とか薩摩藩とか、それぞれが一つの国だったわけでしょ。今の都道府県より小さな範囲で分かれていて、そこで暮らす人は基本的に、一生そのなかだけで生きていたわけです。目に見える風景も、自分の暮らす領地の中に閉ざされていたし、出会う人も、親戚とか近所の村人に限られていた。
 ところが明治維新が起こって、「日本」という統一国家になったことで、ばーんと空間の認識が広がった。自分が生まれてから見てきた風景の他にも、日本にはさまざまな土地と文化があることがわかり、人々は未知の遠く離れた人々との出会いを、激しく求めるようになっていく。同時に生まれたのが、「ナショナリズム」です。それまでにもいわゆる「パトリオティズム」と呼ばれる愛郷心はあったでしょう。しかし維新によって300の小さな空間に隔てられた場から、ナショナルな空間に開放されたことによって、初めて「国民国家」の一員であるという意識が日本人に生まれたわけです。

— 日本人の感覚ががらっと変わったわけですね。

猪瀬 そういう時代状況のなか、「雑誌」というものが日本に生まれ、普及していきます。その中心となったのが、博文館という出版社です。博文館は明治から大正対象にかけて、日本でもっとも影響力のある出版社になるんだけれど、大きくなったきっかけは、『日本大家論集』という本を出したこと。これは当時の著名な学者の論文をまとめたものなんだけれど、その頃は「著作権」という概念がまだない。それで面白そうな論文を、無断で転載したら、これが大ヒットした。

— 今の「NAVERまとめ」とか、「2ちゃんまとめ」みたいなノリですね。

猪瀬 そうして本が売れて少し儲かったあとに、『太陽』という『文藝春秋』みたいな総合雑誌を創刊すると、これがまたものすごく売れた。それに味をしめて『少女世界』『少年世界』『新青年』『中学世界』『女学世界』といった姉妹誌、兄弟誌を次々に出していく。面白いのはそれらの雑誌はみんな、読者に買ってもらうために、誌面の半分ぐらいを投稿欄にしていたんだよね。

— それはどうしてですか?

猪瀬 自分の投稿が載れば、本人や家族が買うでしょう。雑誌の投稿欄が、今のブログとかフェイスブックみたいな感じだったんだと思うよ。「自分の思いを文章で表現したい」という人が、その頃の日本にも沢山いたんだよね。

『金色夜叉』の恋敵のモデルになった出版社社長

— 明治20年代後半から、30年前半ぐらいですよね。そのへんで日本社会が、わりと豊かになったきたことも影響したのかもしれませんね。

猪瀬 あとひとつ大きいのは、その頃に「学生」が誕生したことですね。その時代を描いたNHKの朝ドラが最近の『花子とアン』です。後に『赤毛のアン』を翻訳する、主人公の村上花子は、山梨県甲府の田舎から、東京港区の東洋英和女学校に入ったでしょう。つまりその頃に、「女学生」というのが生まれるんです。同時期に、いまの高校にあたる旧制中学が日本各地にできて、クラスで優秀な生徒が一人か二人、進学するようになる。そういう若い「インテリの卵」たちが、『中学世界』とか『女学世界』などの雑誌を買うわけだよね。ページを開くとそこには投稿欄があって、日本全国の学生の俳句とかエッセイが載っている。「ひとつ自分も応募してみるか」と思って投稿すると、自分の名前がそこに載る。嬉しくて、買うわけですよ。そうやって固定読者が増えていった。

— 面白い投稿をするブロガーに注目が集まるのと同じですね。本書の冒頭で、神田にあった「開化楼」という洋館で、雑誌『女子之友』の100号記念の会を開いたところ、全国から女子学生が殺到した様子が描かれていますが、これもまさに現代のコミケとかネットのオフ会なんかとノリが似てますね。

猪瀬 ふだん投稿欄で、名前しか知らなかった相手と実際に会えたんだから、すごく盛り上がったと思うよ。博文館という会社は、そうやって雑誌界の王者になっていく。その頃の博文館が、いかに儲かっていたかがわかるエピソードがある。尾崎紅葉の『金色夜叉』という小説を聞いたことがあるでしょう。あの小説でいちばん有名なのは、主人公の学生の男・貫一が、自分を裏切った許嫁のお宮という女を、蹴っ飛ばすシーン。

— 熱海にある有名な銅像のシーンですね。

猪瀬 金に目がくらんで、富豪の家に生まれた男のところへ嫁いでいくお宮を、来年の今月今夜のこの月を俺の涙で曇らせてみせる、というセリフを言いながら、貫一が蹴飛ばす。そのお宮が嫁いでいく「三百円の金剛石(ダイヤモンド)をはめた指輪」をしている金持ちのボンボンの名前は「富山唯継」という。すなわち「財産(富の山)をただで継ぐ」という意味です。その男は、誰あろう博文館の2代目社長、当時25歳の大橋新太郎がモデルなんですね。いかにその頃の博文館が儲かっていたかわかるよね。

— そうなんですか! 当時の読者も『金色夜叉』のモデルの正体を知っていたんですか?

猪瀬 知る人ぞ知る、という感じだろうね。日本ではそんなふうに投稿をメインにした雑誌が、次々に生まれていった。それらの雑誌が「学生」という人種のなかで広まっていくなかで、投稿者の中から面白い人間が出てくる。後にマスコミの寵児となる大宅壮一、ノーベル文学賞をとる川端康成も、同時期に雑誌に投稿しています。彼らは同じタイミングで大阪の茨城中学に通っていたんだけれど、投稿欄には名前と学校が載るから、「あれ、こいつ同じ中学だな」とお互いに意識するわけ。他にも常連がたくさんいて、「福岡の◯◯中学のこいつがまた載っていた」とか、「北海道のこいつは面白いな」と意識するようになっていった。彼らがやがて「自分たちも作家になれるかもしれない」という幻想を抱いていくんです。

(つづく)


猪瀬直樹さんの連載『作家の誕生』はこちらからご覧ください。
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この連載について

作家の誕生』猪瀬直樹インタビュー

猪瀬直樹

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コメント

2ndlab 昔と今の対比が面白い。雑誌というメディアが生まれた頃の話 >  約5年前 replyretweetfavorite

kuufukukann 「雑誌の投稿欄が、今のブログとかフェイスブックみたいな感じ」 根本は昔から変わらな感 約5年前 replyretweetfavorite

kicks1126 |『作家の誕生』猪瀬直樹インタビュー|猪瀬直樹 @inosenaoki |cakes(ケイクス) 猪瀬さんの近代文壇の群像劇は本当に面白い。大河ドラマを見ているよう。 https://t.co/OzSqlkqtlL 約5年前 replyretweetfavorite