第9回】ヤフーの躍進を支える 買収された老舗の職人たち

アップルの地図の数々の不具合は、試用版ソフトの段階からヤフー社内で発見されていた。「まさか、あのまま開始するとは……」「これは大きなチャンスだ!」ヤフーの開発者たちは色めき立つ。アップルの正式版がリリースされたその日、ヤフーの開発部隊はアップル追撃を決定。同時進行していたプロジェクトをすべてストップさせて、ある二つのことに専念した。

グーグル、アップルを追撃!

 チャンスは突然やって来た。アップルの地図の不具合が世間を騒がせる3カ月ほど前、ヤフー社内では議論が起こっていた。

 「地図機能がとんでもないことになっている」「いや、あくまで試用版であって、正式版ではちゃんとしたものを出してくるだろう」

 アップルのようにOSを提供する会社は、他社の開発者などに事前評価のために、試用版のソフトを公開している。

 試用版の地図を見たヤフーの開発部隊では、あまりにひどい内容から、その地図がそのまま正式版でも採用されるのか、判断が分かれたのだ。

 2012年9月20日、アップルが正式版の配布を始めると、ヤフー社内は騒然とした。「まさか、あのまま開始するとは……」。

 ヤフーの地図開発部隊は、東京、名古屋、大阪に分散しているため、日頃から、ネットワーク上の掲示板で情報を共有している。

 正式版がリリースされると、その掲示板には、3カ所の拠点の開発担当者から、いっせいに検証結果の書き込みが始まった。

 「地名の位置がずれている」「実際には存在しない駅名が表示されている」「ハングル文字が混在している」……。後に話題となったこれらの不具合は、ヤフー社内で当日に発見されていたのだ。

 「これは大きなチャンスだ!」

 ヤフーの開発者たちは、色めき立った。何しろ、iPhoneにはアップルの地図が、アンドロイドにはグーグルの地図が標準アプリとしてインストールされている。スマートフォン向けの地図アプリで、「Yahoo!ロコ」が食い込むことは、普段なら容易ではない。ところが、アップルの地図に愛想を尽かしたユーザーはYahoo!ロコに乗り換えるかもしれない。千載一遇のチャンスだった。

 アップルの正式版が配布されたその日、ヤフーの開発部隊はアップル追撃を決定。同時進行していたプロジェクトをすべてストップさせて、二つのことに専念した。

 一つは、これまでYahoo!ロコアプリに対して、最も多かった苦情である「スクロールが遅い」という問題を解決すること。スクロールとは画面を指で左右上下に動かす動作のことで、これが遅いと地図がなかなか表示されず、快適さが損なわれる。

 もう一つは、iPhoneより大型の情報端末iPadへの対応だ。これまでYahoo!ロコは、タブレット端末と呼ばれるこれらの端末には対応していなかった。

 これほど大きな決断を現場でできるのには理由がある。2012年6月に刷新されたヤフーの新経営陣が何より、スピードを重視していて、それが現場にも伝わっているからだ。

 宮坂学社長は6月に就任するや否や、「爆速」というスローガンを掲げ、次々と他社との提携や、サービスの改革に乗り出した。

 「上司の決裁が必要ということはなくなったし、現場がスピード重視で決めたことが後に覆されることもなくなった」(冨川修広・地域サービス事業部リーダー)

 案の定、現場が即日、アップル追撃を決めた直後、宮坂社長からも「全力を投入せよ!」という大号令が発せられた。

 経営陣の後ろ盾を得て、勢いづいた開発陣は、スクロールの高速化とiPad対応の作業をわずか1週間で終わらせた。そして、アプリの申請をし、アップルの審査期間を経て、10月25日に新バージョンの配布が始まった。

 新バージョンでは表示が高速化されたばかりではなく、雨雲レーダーの搭載や携帯端末向けに最適化された表示も用意。「無料アプリのダウンロード数ランキングでトップを獲得したい」という目標を掲げているが、すでに6位まで上昇、上位に食い込んでいる。

元アルプス社員が活躍
細部にまでこだわる

 強者の失態に乗じて弱者が鼻を明かした──。

 一見、今回のYahoo!ロコの躍進は、そのような印象を受けるかもしれない。しかし実は、ヤフーの地図サービスの実力はもともと高い。その最大の理由は、地図製作会社のアルプス社を買収し、ヤフー社内にそのノウハウを取り込んだことにある。

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