初めての競輪場で「書きたいこと」に出会った
—— 前回、最相さんは文章を書くのが“だいっきらい”だったというお話をお聞きしましたが、その理由というのは?
最相葉月(以下、最相) 私も加藤さんと同じで、先生に「思った通りに書きなさい」とか「自由に書きなさい」って言われるのが嫌で嫌で。
—— おお、まさか最相さんがそうだったとは。驚きです。
最相 夏休みに楽しかったことを書きなさいって言われても、特に書きたいことなかったですし。
—— 同じです(笑)。書きたいことなんてそんなに思いつくものではないですよね。ということで、最初に保留していた、いちばん大事な課題であろう「テーマ選び」について伺わせてください。文章を書くのが“だいっきらい”だった最相さんが、文章を書こうと思ったきっかけといいますか、そのときのテーマを教えていただけますか?
最相 きっかけは二十年以上も前、会社員だった頃です。当時の上司にたまたま連れられて行った競輪場でした。
—— 競輪のどこに興味を持ったんですか?
最相 狭い世界ですけど、ほんとうにいろんな人がいたんですよね。戦争中に憲兵だったから公職追放になって戦後は就職できなかったんだけど、競輪のおもしろさを知って予想屋になったという人がいたり、負けると分かっていても自分の戦法を貫いて戦う選手がいたり。
取材をした時がちょうどバブルの真っ直中で、派手に遊びまわっている人がたくさんいる一方で、まわりに左右されずに自分の道を貫いている人たちがいる世界にとても感動したんです。
—— なるほど。
最相 バブルの時期だったからこそ、そういうストイックな世界があることを一人でも多くの人に伝えたいと思いました。
—— やはり自分が強い興味をもったテーマに出会ったということですね。
最相 はい。そして、自分の興味は大事ですけど、一方で社会がどうあるのかということも常に意識しています。世の中が気づかないこと、あるいは軽んじているようなことに対して、「そうじゃないんじゃないの?」と伝えたくなるようなテーマが見つかるというのはとても大事な条件だと思います。
—— 文章を書くには、まず自分のテーマを見つけることが大事で、そのことの社会での位置付けを考えるといいということでしょうか。
最相 そうですね。私はそれまで長い文章を書くことはほとんどなかったんですが、テーマを見つけて夢中に取材をしているうちに、原稿用紙300枚くらい書いていました。最終的に『高原永伍、『逃げ』て生きた!―風の人35年間のバンク・オブ・ドリームス』という本にもなりました。
—— 「逃げ」という最初から先頭を走り続ける戦法にこだわりぬいた競輪選手・高原永伍さんの話ですね。こういうふうに、書きたいと思えるテーマを見つけるためには、何が必要なんでしょうか?
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