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SNS疲れの行きつく涯ては—デイヴ・エガーズ『ザ・サークル』

ソーシャルメディアの利用を重荷に感じたことはありますか? 管理しているはずのアカウントに、逆に管理されているような気分になったことは? アメリカの作家、デイヴ・エガーズの新作『ザ・サークル』は、そうしたインターネットの負の側面に想像力を膨らませ、小説の形を取って現代に警鐘を鳴らします。


『ザ・サークル』デイヴ・エガーズ/吉田恭子訳


 読み終えた時に湧き起こってくるのは「傑作だ!」という喝采でも「爽快だあ!」という気持ちよさでもなく「やれやれ……」とでもいうような諦観だ。というのも、本書で描かれていくのはどれも我々の身近なところにあるSNS疲れだとか、透明化を指向する流れを過剰に推し進めていった社会。そのどれもがうんざりするような「いま・ここ」にある現実で、同時に「ちょっと先にありえるかもしれない未来」でもある。あくまでも小説であり、フィクションではある。が、明確に現代から地続きの世界としての質感を持って、うんざりするような未来が描かれていくのだから「やれやれ」以外の感想も出てこない。かといって目を離すわけにもいかない切迫感を伴っている。


●簡単にあらすじでも

 500ページを超える分厚い本だが、描写は軽く話はシンプルなのでさらっと読めるだろう。物語はメイという24歳の女性が世界最高のインターネット・カンパニーと作中で描写される「サークル」に入社するところから始まる。GoogleやApple、Facebookのような企業を連想させる自由な社風。仕事はシステマティックに管理され、社内の遊びから雑談、パーティまであらゆる活動は専用のSNSで常に管理される。もちろん保険も完備で、自身の健康から家族の健康までトータルにサポート。『すごい、ここは天国だ、とメイは思った。』という一文から本書は始まるが、まさにその言葉通り至れり尽くせり、環境が限界まで整った見事な職場のように思える。……最初のうちは。

●SNS地獄

 メイの仕事はカスタマーエクスペリエンスと呼ばれるクライアントからの問い合わせにテキストをコピペして対応する作業だ。クライアントからの評価は常に上司にチェックされており、平均値が下がるとすぐに改善のプロセスが走るようになっている。もちろん、それはそれで合理的な仕組みで結構である。しかしサークルの社員にとって、仕事はそれだけではない。ソーシャルメディアの参加まで含めて仕事の一部なのだ。日夜繰り返されるパーティ、毎分毎秒送られてくるメッセージと他人の投稿の数々、それにできる限り反応を返し、参加を表明していかなければパーティシペーション・ランク、略してパーティランクが下がってしまう。人気ランキングのようなものだ。これが下がると……上司に呼び出しをうける。

 それ以外にも少しでも反応が遅れれば「なんで反応しないの?」と不安を表明する反応が返ってくる。パーティに何一つ参加せずに帰ってしまうことが続くと、私たちに何か気に食わないことでもあるのか? と呼び出しをうける。常に多人数の投稿に気をくばり、読んだよ、という反応だけでも返しておかなければ関係性に滞りが生じる……。SNSにはもちろん利益もある。一人でいると寂しいが、TwitterやFacebookをみると愚痴をいいながらも楽しそうな人たちが並んでいる。投稿にポジティブな反応が返ってくれば嬉しいものだ。

 良い面もあれば悪い面もある。だからこそサークルでの私生活を圧迫していくSNS活動描写は、あまりにも「負の側面」を過剰に描いているといえるのかもしれない。だがその過剰さの根底にあるのは多かれ少なかれ我々が置かれている現状に共通していて、「ははは、ひどいな」と笑い飛ばせない嫌な感じを含んでいる。実際僕もTwitterを見ることが「自分にとって重要ではない」と認識しながらも、ついつい空き時間があるとタイムラインを追ってしまうことへの罪悪感を抱えている。おそらくは多くの人が抱えていると思われる、小さな罪悪感を本書の過剰性はちくちくと刺激してくる。まったく嫌らしい小説じゃないか。

●過剰さ・徹底さ

 さて、本書の過剰さはそれだけではない。現代に存在している技術で、使えるものを徹底的に使って情報の透明性を推し進めたらどうなるかを描いてみせるも本書の特徴の一つだ。「起こったことは全て知らされるべし」「プライバシーは盗み」などといって透明化を推進するサークルは透明性を推し進める技術・アイディアを次々と投入していく。

 最初はごくごく身近な、古臭い「監視カメラ、ただし超小型で解像度も高い」の導入から始まるが、ネタがだんだん多角的に、またスケールアップしていくのも楽しみの一つ。たとえば身体の中に入れバイタルサインを常に送り続けるセンサー。手首のモニターに数値は常に連動されており、不自然な値を見せるとすぐに連絡がいくし、一日に達成すべき歩数が常にカウントされている。

 たとえば不正を繰り返す政治家へのカウンター手段として発案された「すべての会話、すべての会議、一日のあらゆる場面が公開される透明性への挑戦」。要は生活のすべてを動画としてアップロードして監視してもらおうってこと。また現在・個人の透明性だけでなく、遺伝子を調べ祖先の人種的な来歴や病気の可能性を探る過去への透明性まで含めて、透明性への指向は多角的に展開していく。

 メイは基本的に善良な人間ではあるが、深く考えることもなくこうした事態をあっさりと受け入れてしまう。それどころか周囲の忠告に耳を傾けることもなく自分からのめり込み、被験体としてその実験を推進していくことになる。たとえば、常に自身の行動をネット上にアップし続ける透明性のPRガールとして。当然ながらこんな強制された試みがうまくいくはずがない。周囲の親しい人間を巻き込み様々な歪み、軋轢が生まれてくるがその問題自体も透明性の名の元に公開されてしまうのだ。流したくても流せない涙が彼女を蝕んでいく。単純な被害者というには積極性が過ぎ、悪党というには純粋すぎる。

 メイを取り巻いていく過剰さは現代の技術でも可能なものばかりというか、一般的ではないにしろ既に存在しているものも多い。本作がSFとしてリフトオフしていくのは、これが単なる個人がプライバシーをどう扱うのか、どう向き合っていくのかという問題を飛び越えて、社会構造それ自体に変革が迫る瞬間にある。たとえば民主主義を大きく変革する仕組みの提案がされた時。しかもそんな社会構造を根本的に変革しうる事態さえも、現在の技術であれば容易に達成できてしまう時に、我々はそれを単なるフィクションの出来事を超えて「現実にこれがあったらどうなるか」をリアルに想像させられることになる。

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冬木糸一

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コメント

MetJMonamour ちょっと怖いけど読んでみたくなる 約5年前 replyretweetfavorite

shiozaway 〈SFマガジン cakes版〉第3号の記事を無料配信中。冬木糸一氏による「SF BOOK SCOPE」はこちら。「」 https://t.co/YRJyecXxtJ 約5年前 replyretweetfavorite

kenichi_kus なかなか読みたくなる… 約5年前 replyretweetfavorite

sayanamikawa へー。日本語版は早川からこんな表紙になってるんだー。英語のペーパーバックのあの蛍光色の感じじゃないのかしら。 http://t.co/LybbmaqKUn 約5年前 replyretweetfavorite