進むデジタル世界の完全掌握
経済産業省が2008年にまとめた「地理空間情報サービス産業の将来ビジョン」によると、デジタル地理空間情報──つまり、デジタル地図・位置情報の国内市場規模はなんと13年に10兆円に達する見込みだ。携帯電話の主要デバイスの世界市場、国内の農業・漁業とほぼ同規模である。
しかも「当時の試算にはスマートフォンを入れていないため、現状のデジタル地図市場はもっと大きい。さらに、位置情報を活用する店舗など周辺産業を入れると50兆円規模との試算もある」と、ビジョンの策定に関わった日本情報経済社会推進協会の坂下哲也・電子情報利活用推進部次長は話す。
デジタル地図市場の成長は、ひとえに「地図情報」を入手するコスト的なハードルが下がったことにより、もたらされたものだ。
そもそもその昔、地図データは自治体など限られたユーザーが高額で入手するものでしかなかった。位置情報の取得に必要なGPS(衛星利用測位システム)チップは、1970年代にはあまりにも巨大なため、船舶にしか搭載できなかった。また「地図データを取り扱う専用ソフトは1ライセンス50万~60万円は当たり前で、使う側にもスキルが必要」(丸田哲也・野村総合研究所社会システムコンサルティング部上級コンサルタント)だった。だが今日、これらの地図コンテンツ、GPS、ソフトのいずれもが、誰もがほぼ無料で扱えるようになり、これがデジタル地図市場を爆発的に広げた。
地図調整、プラットフォーム
多岐にわたる市場の担い手
“10兆円市場”の中身を概観してみよう。参加プレーヤーは何業種かに分かれる(図2‐2参照)。
まず、国土地理院や各地方自治体が作製する基盤地図に、独自の調査や測量結果を付加して地図を作る地図調整会社だ。
紙や看板などの地図を描く、“地図屋さん”は数多く存在する。だが、デジタル地図の調整となると、国内ではゼンリン、トヨタ自動車子会社のトヨタマップマスター、昭文社、パイオニア子会社のインクリメントPの4社しかない。大手の一角だったアルプス社は04年に民事再生法の適用を申請、08年にヤフーに統合されている。
ちなみに、世界を見渡してもデジタル地図調整会社は、ポータブルナビメーカー、トムトムに07年に買収されたテレアトラス(共にオランダ)、携帯端末大手ノキア(フィンランド)に11年に買収されたナブテック(米国)の2社しかない。
地図調整は人海戦術を伴う手間のかかる仕事だ。しかも、3次元データやさまざまな縮尺のデータを収集するとなると、紙の地図に必要な情報量とは比べものにならないほど大量の情報が必要になる。
例えば道路地図なら、幹線道路をくまなく実走し、写真を撮ってそれを地図に落とす。目印となる交差点や、道路標識、高速道路の入り口などのデータもすべて記録する。しかも、街も道路も日々刻々と変わるから、情報は更新し続けなければならない。
デジタル地図調整業への新規参入がほとんどなく、全世界的に寡占化が進んだのはそのためだ。
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