傷口から人生。

六本木の処女【後編】

キャバクラでバイトを始めた小野美由紀さん。そのキャバクラでの「女王」との出会いが、小野さんに、自分に足りないもの、モテない理由を気づかせるキッカケになります。女王・マキさんが小野さんに見せた、とんでもないトコロとは? 『傷口から人生。 メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった 』(幻冬舎)の内容の一部をcakesで特別公開しています。

 その女性は、中規模の、目立ったところのない、ごくフツーのキャバクラであるこの店の中で、一人だけ異彩を放っていた。
 週に1度か2度、彼女は店の奥のVIP席にのみ現れた。隣にいつも、ごっつい客をはべらせて。

 マキさん。年齢は30半ばくらいだろうか。取り立てて美しい顔立ちではない。崩れる一歩手前の、ギリギリのライン。にもかかわらず、彼女には地の底から湧いてくるような、壮絶な色気があった。彼女が来ると、さすがの鈍い私も気づくぐらい、びりりと店の雰囲気が変わった。彼女よりも、若くて美しい女の子はたくさん居たけれど、この店での彼女の重要度の高さは、マネージャーの態度でうかがい知れた。

 彼女の秘密を知ったのは、ヘルプとしてマキさんのテーブルに着いた時のことだ。マキさんに近づくのは、それが初めてだった。あれっ。斜め向かいに座った時に、私は軽い違和感を覚えた。その正体は、すぐに明かされた。彼女に腕を絡めた、堅気に見えない男性客が、秘密をばらしたからだ。

「こいつね」、タバコのヤニくさい臭いをまき散らしながら、男は下品な笑いを浮かべて言った。「手術してんの。もともと、こっちなんだよ。俺の金で、手術させてやったの」そう言いながら、男は嬉しそうに親指を立てた。根元にめた金の指輪が、ぎらぎらとブルーライトを反射していた。

 すぐには意味が分からなかった。えっ、えっ。うろたえる私を、マキさんは無言でつまんなそうに見ていた。まるで自分の話じゃないみたいに。3秒置いたのち、半笑いで「へ、すごーい」と返した私をぎろっとにらんで、彼女は言った。

「あんたなんでこの店で働いてんの」

 私はなぜだか、怒られる、と思った。

 冗談で返すことは不可能だった。もうすでに、ドレスの内側に隠した、暗く醜いルサンチマンの色を、見抜かれている気がした。

 つくりものめいたキャバクラのノリが、彼女の声が届いた範囲だけ、刈り取られたようにすうっとシラフに戻っていった。

 身体を凍り付かせ、しどろもどろになりながら、私は、大学を受け直したいこと、そのためにお金がいること、今は仮面浪人中であることを話した。衣装を脱ぐしかなかった。彼女の前で、飾り立てた存在でいることは、全くの無駄な気がした。私はもはや、ただの、18歳の、そのへんの女の子だった。

 彼女は茶化すわけでもなく、黙って聞いていた。マキさんの隣の男も、なぜか黙っていた。

「ふーん」

 マキさんはしゃべり終わった私の目を見ながら、ゆっくりと、深いトーンでひとつひとつ、確認するように話しかけた。

「で、受験生なのに、ここで働いてんだ。モテたいから」

 マキさんはタバコの煙を一吐きして、こう言った。

「あんた、勉強好きなの?」

 分からなかった。

 なんで私、したいのかも分からない勉強、してるんだっけ。誰かを見返すんだったっけ。でも、なんのために? なんでやめるつもりの大学、行ってるんだっけ? なんで私、ここで働いてるんだっけ?

 彼女はふいに、手元のグラスを飲み干すと、急に顔を近づけてこう言った。

「私のここ、見せてあげようか」

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この連載について

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傷口から人生。

小野美由紀

中3で自傷&不登校。大学に馴染めず仮面浪人。留学、TOEIC950点、インターン等々の無敵の履歴をひっさげ大企業の面接に臨んだのにパニック障害に! 数々の困難にぶつかってきた女子、小野美由紀さんの衝撃と希望の人生格闘記『傷口から人生。...もっと読む

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コメント

malinornk この記事好きだなぁ。 "自分を手に入れたところで、苦しさは消えない。ひりひりする自分を、感じ続けないといけない。まるで、呪いみたいだ。" 約4年前 replyretweetfavorite

moetreehaihai この話が一番好きかも。読んでいくうち胸がキュッと締め付けられる。わたしは 「私」でいられているか 約5年前 replyretweetfavorite

jojo_japan_com トランスジェンダーのホステスさん、ドキドキする。 約5年前 replyretweetfavorite

maruhido 久々にアマゾンのKindle版をポチる。これ絶対映画化やろwww的な面白さ→ 約5年前 replyretweetfavorite