のだめカンタービレ』に仕掛けられた謎  中編

人気漫画『のだめカンタービレ』に込められた謎を解く書評は中編です。本作を理解する鍵は、漫画には直接的に描くことができない「音」がどんなものかを性格に想像することだと述べられた前回。今回は、メディア化によってどのような演奏が使用されたのかを振り返ります。また、メディア化によって存在を消されてしまった主人公の父・千秋雅之の演奏には、どのような意味があったのかを掘り下げます。

CD音源として表現された『のだめ』の音楽


のだめカンタービレ(講談社)

 『のだめカンタービレ』とそこに登場する音楽の関わり方を振り返ってみたい。この作品では発表当初から、実際の演奏の音がその評価に大きな影響を与えてきた。このことは読者の要望も反映したことから作品関連の音楽CDも発売された。

 最初は2005年8月の、原作と同じ講談社からの『のだめカンタービレSelection CD Book』である。物語をなぞるように、ベートーヴェン「ピアノソナタ第8番『悲愴』第2楽章」、ベートーヴェン「交響曲第7番 第1楽章」、ガーシュウィン「ラプソディ・イン・ブルー」一部、ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番 第1楽章」などが揃えられたが、音源はキングレコードのやや古い原盤であり、寄せ集めたという印象はぬぐえない。このシリーズはその後、「巴里編」に対応した2巻目が翌2006年8月に出され、音源もソニーなど含めより作品に近くなった。また2年置いて2008年8月に16巻後の主要作品を収めた第3巻目も発売された。特にこの第3巻では、かなり作品との関連が意識され、ショパン「幻想ポロネーゼ」(Lesson105)、バッハ「ピアノ協奏曲 第1番 ニ短調 第1楽章」(Lesson96)、ショパン「ピアノソナタ 第3番 ロ短調 第1楽章」(Lesson117)、ラヴェル「ピアノ協奏曲 ト短調 第2楽章」(Lesson115)が収録された。どれも作品理解上、重要な意味を持つ。

 関連CD書籍が出版され出すことに並行し、原作に共感したNHK交響楽団の首席オーボエ奏者・茂木大輔を中心に「のだめカンタービレ音楽会」での実演の企画も進み、2006年1月に実現した。音楽会活動はその後全国で行われた。

 2005年のこの時期、重なるようにテレビドラマ化の企画が進展した。実際の音への要望の高まりは、テレビドラマ化にも大きな影響を受けていた。テレビドラマでは音が必要になるからである。そしてこの時点で、織り込まれた各種の音楽作品に加えて、真一の指揮もだが、のだめのピアノ演奏とはどのようなものであるかの具体的な演奏例が求められることになった。

 例えば、のだめと真一の出会いである「悲愴」第2楽章についても、従来から読者は、のだめは実際にどのように演奏したのだろうかと想像力を駆使することが問われていたが、当然確証はもてない。これがテレビドラマでは現実の音として問われることになった。

 のだめの演奏例を実現したのは、茂木から依頼を受けたグループ「プリムローズ・マジック」の石岡久乃だった。注目の「悲愴」第2楽章もよく練られた。原作では、のだめによる、おばあさんが階段を上り下りするという奇妙なイメージが語られている。石岡の演奏では、出だしからぷつぷつと切れた低音と微妙なテンポのズレや、明らかにわかる無駄な音飛びなど、ネタらしい特徴をよく出しているうえに、中盤から後半の曲の情熱が盛り上がる部分も、やりすぎではあるが、こうした方向の演奏もありなのではないかと思えるほどに面白い。石岡を含めた「プリムローズ・マジック」は、作中で印象の深いのだめと真一の「2台のピアノのためのソナタ ニ長調」も演奏している。他方、ストラヴィンスキー「ペトルーシュカ 3楽章『ロシアの踊り』」などの難曲は、ピアニストの三輪郁がのだめのイメージをうまく表現した。彼女たちの快演は、2006年12月の「のだめオーケストラLive!」に収められ、「桃ヶ丘音大編」でのだめのをうまく表現している。

メディア化が消した千秋雅之の意味

 2007年以降は、メディア化とも合わせ、各種のオリジナル音源のCDが発売されることになる。同時にこの一体化は、以降、音源もまた原作よりもメディア化された二次作品に沿ったものになっていくことになる。つまり、原作のエニグマを解く形での実演奏は顧みられなくなってきた。

 その最大の乖離は、メディア化が消した真一の父・千秋雅之の演奏(Lesson 99)である。その演目、バッハ「パルティータ第2番 ハ短調 BWV.826」、ブラームス「ピアノ小曲集 op.118」、ベートーヴェン「ピアノソナタ第32番 ハ短調 op111」の3点は、これらのメディア化に合わせたCD群に含まれていない。これらの3作品の内実に踏み込まないと原作『のだめカンタービレ』のエニグマは解けないにも関わらず、事実上無視されているに等しい。

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