vol.1 なぜ、いま世界で「廃墟」が注目されているのか?

世界中の新奇な場所やモノを取材した写真集『奇界遺産』で知られるクリエイター、佐藤健寿さん。監修をつとめた新刊『世界の廃墟』は、その名の通り世界各地の廃墟を紹介する写真集です。日本ではブームが去ったようにも思えた「廃墟」という題材に、佐藤さんが改めて注目する背景には、世界的な「アーバン・エクスプロレーション(都市探検)」の勃興がありました。収められた写真を紹介しつつ、「廃墟」の新しい視点に迫ります。

実は日本初だった「世界の廃墟」写真集

— 写真集『世界の廃墟』の完成、おめでとうございます。

『世界の廃墟』カバー画像
世界の廃墟

佐藤 ありがとうございます。

— 佐藤さんの単著としては、世界中の新奇な場所・モノ・人を取材した写真集『奇界遺産』『奇界遺産2』がベストセラーになっています。それに比べると、今回の「廃墟」は、日本でも昔から親しまれてきた題材のようにも思うのですが、今回どういう経緯で企画されたのでしょうか?

奇界遺産
奇界遺産

佐藤 僕も最初に「世界の廃墟の本を作りたいので、監修をしてほしい」という話をいただいたときは、そういう本って既にあるんじゃないかと思ったんですよね。90年代に廃墟ブームが一気にやってきて、そこで膨大な出版物が出ているのを見てきましたから。だけど、改めてざっと探してみたかぎりでは、世界の廃墟を集めた写真集って日本では1冊もなかったんですよ。

— へえ、意外ですね。

佐藤 日本の廃墟ってノスタルジーで語られることが多くて、出ている本も耽美的な切り口のものが中心ですよね。そういう企画については出尽くしている感があります。でも海外の、それも近代以降の廃墟であればまだ新しいことがやれそうだし、「廃墟」全般に対する次の視点というのを提示できるんじゃないかと思ったんです。去年の3月に出した『奇界遺産2』では科学をひとつのテーマにしていて、本のはじまりをバイコヌールの宇宙ロケット基地、そして最終地点をチェルノブイリの廃墟にしました。そこで今回は、廃墟に特化して、『奇界遺産2』の番外篇的な意味もこめて監修させてもらっています。

— 本のなかでは、世界中のさまざまな廃墟が紹介されています。どの写真にも目を惹かれましたが、やはりカバーにも使われた、巨大なドームの天井が崩れ落ちている情景には一気に惹きこまれました。

佐藤 ブルガリアの共産党ホールですね。バルカン山脈のバズルージャという山のてっぺんにあります。ブルガリアが旧ソ連の侵攻を受けたときに、この山で戦いが繰り広げられ、勝ったソ連がブルガリア人民共和国を打ち立てたんですが、それを記念してつくられたモニュメントです。旧ソ連が東欧各地に残した建築物というのは、大きさもデザインも目を見張るものばかりなんですが、旧ソ連が崩壊した結果、廃墟になっているものが多いんです。このバズルージャのホールもたった7年で廃棄されている。

— ということは、海外では結構前から有名なスポットなんですか?

佐藤 もちろん地元では知られていたでしょうが、この場所が歴史の遺物として有名になったのはここ数年のことですね。ちょうど世界的にもここ数年、「廃墟」が注目されているタイミングで。

— そうなんですか。

佐藤 アーバン・エクスプロレーション、つまり「都市探検」なんですけど、都市や郊外の未知なる領域に足を踏み入れてその場所を暴く、という活動が盛り上がっているんです。SNS上でも「Urbex」()で検索するとコミュニティがたくさん出てくると思います。
※ urban explorationの略

SNSとガジェットの発達が加速させる「都市探検」

— なぜ、今なんでしょう?

佐藤 もともと廃墟とか都市探検っていうのはすごくローカルな楽しみだったわけです。観光スポットとして認知されているものじゃないから、地元の人たちがこっそり探検するような。でも、SNSが発達したことで、世界に散らばっている同好の士がお互いに情報交換したり、アテンドしあったりできるコミュニティがつくれるようになったんですよね。
 今回のカバー写真はシャオ・ヤンさんという中国の女性が撮影したものなんですが、彼女も普段は会社勤めをしながら、ネット上で世界中の都市探検家(アーバン・エクスプローラー)と交流して廃墟を訪ね歩いています。僕も今回写真をお借りしたお礼もかねて、今度日本の廃墟を案内する予定なんです。

— おもしろいですね。SNSによって、そうした持ちつ持たれつの関係が活発になっている。

佐藤 あとはガジェットやインフラの発達も大きいです。廃墟ってほとんどが地図にも載っていないような場所ばかりなので、これまでは行けないところがたくさんあった。でも、GPS技術が発達して、スマートフォンを持っていれば誰でも場所を特定できるようになったじゃないですか。それで結構危ないところに1人で行ってもちゃんと帰ってこれるようになった。『奇界遺産』が僕一人で撮影できているのもそういうことと無関係ではないです。
 それと高所の撮影も、「GoPro」のようなウェアラブルカメラの登場でだいぶ楽になりましたし、廃坑や地下鉄のような暗い場所が、三脚なしでも撮影できるまでにデジカメの高感度や解像力が発達した。こうして技術的にプロとアマチュアの差が縮まれば、あとはもう行動力の問題になります。そこで既に撮影しつくされている観光地の絶景とは違う、身近に存在する「秘境」に目が向いているんじゃないかと。あと個人的にはここ数年、ドローンに注目しています。

— ドローンって、小型の無人航空機ですよね。最近汎用化がすすんでいるというニュースをよく見かけます。

佐藤 最近もフランスの原発上空に正体不明のドローンが飛来するという事件がありましたよね。そのドローンが何を意図したものだったかはわからないんですが、ドローンがもっと一般化したら、権力の裏をかくような映像や画像を撮影するような流れっていうのがどんどんやってきて、さらに都市探検を加速させるんじゃないかなと思っています。

— 都市探検家には、そういうガジェットに熱心な人たちが多いんですか?

佐藤 やっぱり20代くらいの人が多いというのはありますね。都市探検自体が結構な危険をともなう活動でもあるし。物理的に危ないだけでなくて、立ち入りが禁止されているところもたくさんあるんです。日本の場合、廃墟や都市探検はわりと趣味的なものなので、ある程度線引きをしてやってますけど、海外の人って逮捕覚悟で行っちゃう。

— 失うものが何もないと。

佐藤 むしろ逮捕されたことでハクがつく、というような人たちすらいて……。そのへんの感性はバンクシーなどに代表されるゲリラ・アートの世界観にも似ていると思います。イギリスやフランスだとグループで活動している人たちもいて、みなさんネット上では匿名で正体不明だったりするんですが、「あのスポットの東側は誰も制覇していないから行きたいんだけど、いつも警備員が2人いるんだよね」とか「何時と何時だったら交代の時間だからいないらしい」とかそういうメッセージが交わされている(笑)。

— スパイみたいですね(笑)。

佐藤 一方では10代の子たちが建設中のビルとか、ひたすら高いところに登って危険なセルフィー(自撮り)を撮ることなんかも流行ってます。「どれだけ高いところに登るか」「どれだけバカげた写真を撮るか」の競い合いという意味でいえば、スケボーやBMXみたいなストリートスポーツ的側面もあると思います。都市の構造物を「遊び場」に変えることで、その威容を嗤う感性というか。
 さっきのバズルージャの共産党ホールだって、別に正面入り口が開いているわけじゃないですからね。1カ所たまたま入れる穴を誰かが見つけて、「あそこから入れるらしい」という情報がコミュニティのなかで広まって、それから訪れる人が増えたんです。でも今でもそうした場所の写真を撮ること、それを公表すること自体には議論がありますよ。

バズルージャ山頂に鎮座する共産党ホール(ブルガリア)の内部。近年、廃墟マニアの「聖地」として急速に注目を集めている。

— プロは撮りづらいということですか?

佐藤 そう思いますね。撮ったとしてもそれを作品として発表することがどこまで許されるのかも難しい。だから、廃墟や都市探検の世界は匿名のハイアマチュアの人が支えているとも言えます。今回の本で写真をお借りするためにコンタクトをとったときも、「写真は使っていいけど場所は明かせない」と言われたり。

— ええっ。

佐藤 みんな、あまり場所を公にしたがらないんです。一般の物見遊山な人たちが押し寄せることで、その場所が荒らされてしまうことをおそれているんですよね。

— たしかに、本にも「医師の家」という廃墟が掲載されていますが、「場所:?」となっていますね。

佐藤 名前も通称ですしね。ただ、僕自身、『奇界遺産』などで載せるべきか迷う場所はあるので、そのジレンマはわかります。あまり知られていない場所を撮影してその写真を世に出すということは、場合によっては暴力にもなりえますから。

Ingressで、都市探検で、場所を「ハック」する人々

— そうすると今後も、廃墟や都市探検の世界というのは、一定の界隈以上には広まらないんでしょうか。

佐藤 そこはまだわからないですよね。ただ、僕がいま新しい流れじゃないかと思っているのは、思想や運動としての「都市探検」が世界的に認識され始めたことです。アーバン・エクスプロレーションという言葉はもともと、2005年にその界隈で有名なニンジャリシャス(Ninjalicious)というカナダの都市探検家が『Access All Areas(全面通行許可)』という本で提唱した概念です。そして最近出た『「立入り禁止」をゆく』という本の著者のブラッドリー・ギャレット教授が、都市探検家となって、より攻撃的な意味をもつ「プレイス・ハッキング」という概念にまで拡げています。

— 文字通りとらえると、「場所をハックする」という意味でしょうか。

佐藤 そうです。ただハックという言葉には、ライフハックといった文脈で使われる「問題を解決する」といった意味合いと、サーバーを攻撃するクラッカー的な意味でのハック、つまり「侵入する」という意味合いの2つがありますよね。

— プレイス・ハッキングの「ハッキング」にも、その二重の意味がこめられていると。

佐藤 はい。1つには単純に知られざる場所を開拓しているという意味。もう1つは都市計画や産業の失敗や戦争などで生まれた場所に「侵入」して、それを白日の下にさらし、為政者の愚行を暴こうというジャーナリズム、都市社会学的な文脈もあると思います。いま活動している都市探検家の1人ひとりがそこまで意識してはいないだろうし、提唱しているギャレット教授自身にも手探りなところがあると感じますが。世界的に流行しているグーグルのIngress(GPSとマップを用いた陣取りゲーム)なんかはメタレイヤーでのプレイス・ハッキングそのものだし、ドローンの急発展などを見ても、場所をハックする、というのが次の潮流になるのかなと。そういう意味で、『奇界遺産』も広義の都市探検やプレイス・ハッキングに含まれるのかなとも思っています。

(vol.2につづく)


世界の名だたる廃墟を一望! 『世界の廃墟』は1月31日発売です。

世界の廃墟
世界の廃墟

この連載について

廃墟とアーバン・エクスプロレーションの現在—『世界の廃墟』インタビュー

佐藤健寿

世界中の知られざる新奇な場所・モノ・人を取材した写真集『奇界遺産』『奇界遺産2』がベストセラーとなっている佐藤健寿さん。監修をつとめた新刊『世界の廃墟』はその名の通り、世界各地の廃墟を紹介する写真集です。日本でも認知されている「廃墟」...もっと読む

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コメント

maefa1109 なるほど。 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

chopstick_57 昨日のクレイジージャーニー見て検索してたらすごく面白い記事 5ヶ月前 replyretweetfavorite

WEB_ASUKA NHK #ニッポンのジレンマ にフォトグラファー佐藤健寿さんが出演中。番組で紹介された、ベルギー冷却塔や廃墟プリピャチは、佐藤さん全面監修『世界の廃墟』にも収録されてます。 https://t.co/t6C4UK6WDe https://t.co/IModPYjcVA #ジレンマ 1年以上前 replyretweetfavorite

b_ooooook 佐藤さんだ。 クレイジージャーニーの佐藤さんの回面白い。 https://t.co/7KqfQBmLXc 1年以上前 replyretweetfavorite