「すみません、お待たせして」
「いえ、それより、何をお話されていたんですか?」
30分前——公園に腰を下ろし面接の不出来具合に辟易としていた美沙の前に、突如坂井虎男は現れた。やむなく転職活動について話すと、公園の清々しさは一変、不穏な空気に汚染をされた。しかし、不意に坂井の元へ飛んできたサッカーボール(正確にはそれを蹴った少年)がまた新たな空気を運んでくれた。坂井はそのボールを蹴り返すことはせず抱えて少年の元へ歩み寄ると、少年と何やら話し込んだのだった。その姿を遠めながらに確認した美沙の心中には、僅かながらにも温かいものが流れ出していた。
「いえ、大したことではありません」
しかしそう言う坂井の表情は、表情を宿していない、やはり無表情だった。照れ隠しだろうか、などという美沙の考えは、坂井の次の一言でバッサリと切去された。
「浅井さん、やる気がなくても仕事はできますから」
流れ出た温かい液体の保温時間は正味二分足らず。
「でも……やはりどこか腑に落ちません。淡々と業務をこなすこともできるとは思います。でも、『やりがい』みたいなものを感じられなければ、意味がないと思うんです。ただ業務をこなすだけでは、仕事を全うしているとは言えないのではないでしょうか?」
「そうでしょうか? やる気が起きないから仕事ができない。そういう人より、余計な感情に左右されず、目の前の業務を淡々とこなす人の方が、しごく真っ当だと私は思いますが」
「それではロボットと同じではないですか」
「そうですね。ロボットに任せた方がミスがなくていいかもしれませんね」
(そんな、私はロボットじゃない。)
「機械がこなした方がよい仕事があるのも事実です。工場では機械と人、それぞれが適した役割を持ち、仕事をこなしています。
しかし浅井さん、あなたの仕事『営業アシスタント』という仕事は、決してロボットにはできない仕事です。淡々とこなすにせよ、ロボットにあなたの代わりはできません。そして、あなたの生真面目さや正直さは、誰でも持ち合わせているものではないと思っています。それは営業アシスタントとして、とても大切な能力です」
「あっ、ありがとうございます」
咄嗟に美沙は口にしていた。そしてそれは素直な喜びだった。いままで職場で褒められたことなど、なかったものだから。
とはいえ、仕事の意義を見出せずに淡々とこなすことにはやはり抵抗があった。それでは不誠実だ、という思いが今の美沙には強く存在した。そう今の美沙には。
実のところ、希望退職者を募る掲示版が出るまで(いや、正確にはコウスケに振られ彩名が退職するまで)の美沙は、確かに不誠実だった。仕事の意義なんて考えたこともなく、なんとなくDNSでの時間を過ごしていた。
営業アシスタントは比較的暇で自由の利く仕事だった。ゆえに十一時をまわると、美沙の頭の中はほぼランチのことでいっぱいだった。午後三時には彩名とおやつの買い出しに行き、定時前はアフターファイブのことしか考えていなかった。
だから美沙は生まれ変わると誓ったのだ。天職を見つけ、自分が必要とされている居場所で仕事を全うする! と。
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