のだめカンタービレ』に仕掛けられた謎  前編

2015年最初の『新しい「古典」を読む』は、クラシック音楽を題材にした漫画『のだめカンタービレ』を取り上げます。漫画だけでなく、テレビドラマ、映画、アニメと大ヒットした作品ですが、この漫画にはある謎が込められているとfinalventさんは言います。作品を丹念に追うことで解き明かす『のだめ』の謎とはなにか、前中後編に分けてお届けます!

物語に込められた二つのエニグマ

 クラッシック音楽の世界を題材とした二ノ宮知子著『のだめカンタービレ』には、謎(エニグマ)が仕掛けられている。特段に難しい謎ではない。この作品の愛読者には自明なことかもしれない。だが、広く解かれたこともないように思われるし、その理由も想定できる。こうした謎の存在はどこかしらエルガーの「エニグマ変奏曲」に似ている。


のだめカンタービレ(講談社)

 行進曲「威風堂々」で日本でもよく知られる19世紀から20世紀にかけて活躍した英国の作曲家、エドワード・エルガー。彼の名が広く知られるようになったきっかけの作品、通称「エニグマ変奏曲」の「エニグマ」とは、「謎」という意味である。エルガーはこの作品に二つの謎を込めた。一つ目の謎は、各変奏に付けた副題が彼の知人の名前であることだった。これはちょっとしたパズルであり、簡単に解かれた。もう一つの謎は主題に関わるとエルガー自身が発言していたが、未だ十分には解かれていない。『のだめカンタービレ』にも、そう難しくはない謎と解きにくい謎が込められているように思える。

 謎を見取るためにまず、『のだめカンタービレ』という作品の概要に触れておこう。この漫画は、ジャンルとしてはクラッシック音楽を題材としたラブコメである。男の主人公は、裕福な家庭出で国際的な指揮者に憧れる音大生・千秋真一。女の主人公は同じ音大の一学年下で庶民的に育ったピアノ科の野田恵。タイトルの「のだめ」はその野田恵(のだ・めぐみ)の愛称に由来する。そこに「だめ」の響きがあるように彼女は「だめ」人間である。掃除も料理もできない、風呂も数日入らない。ただピアノに天与の才があるだけだ。表題の「カンタービレ」の意味どおり、彼女からは「歌うように」音楽の才能がほとばしり出る。

 対して真一は秀才型である。美男子でヴァイオリンもピアノもこなし、料理さえ完璧である。理想的な人間のようだが、自己愛が強く、小学生のとき欧州から帰国する際の飛行機事故と、さらに水難事故から、飛行機や船舶の利用にトラウマをかかえ、日本から出られず、海外での音楽活動ができないでいる。

 二人の出会いは、のだめが弾くベートーヴェンの「悲愴(ピアノソナタ第8番ハ短調作品13)」の第2楽章である。ある日、真一は音大校内でふと、誰が弾くとも知らないその演奏に魅了された。そしてその夜のことだ。彼は高校生時代からの恋人と喧嘩から泥酔し、マンションの自室の前で倒れた。偶然、隣室に住むのだめに介抱され、その翌日、ゴミ貯めのようなのだめの部屋で彼は目覚め、その曲に再会し、のだめの演奏だと知る。

 のだめはこの出会いをきっかけに、じゃれつく小犬のように真一に「ちあきせんぱーい」と思慕するようになる。まだ恋と言えるようなものでもない。それからモーツアルト「2台のピアノのためのソナタ ニ長調(K.448 375a)」を二人が弾く展開を経て、少しずつ恋に変わるかに見える。のだめも恋に引っ張られるように音楽の世界に深く関わっていく。

ただのラブコメではなく「天使」の物語へ
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