マーケティングでは事業拡大できない?

顧客のペルソナや体験フローを見て価値をデザインするマーケティング手法「PED」。このまったく新しいマーケティング手法では大きな市場機会を狙うことができますが、結局単一の市場の規模には限界があり、事業を拡大することを考えなければなりません。しかし、マーケティングとはそもそも「事業拡大」には向かないのだと指摘する川上慎市郎さん。PEDを使って事業を拡大するには、どうすればよいのでしょうか?

遅まきながら、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

前回の「『気持ち』を考えるとマーケティングがスケールする?」につづき、今回は、これからのマーケティングのあり方について、もう少し考察を続けてみたいと思います。

前回のコラムでは、市場の中から自社の製品・サービスを買ってくれそうな顧客を探してその価値を設計するのに、従来のマーケティングの「細分化(セグメント)し、絞り込む(ターゲット)」という手法(STP)よりも、顧客のペルソナや体験フローを見て価値をデザインする(PED)手法のほうが、実はより大きな市場機会を狙うことができるということを、事例を挙げながら説明しました。

しかし、いかに大きな市場を狙ったといっても、単一のビジネスである限り、取れる市場の規模にはおのずと限界があります。そこで、私たちはたいてい「この事業をさらに成長させるにはどうしたら良いか」と考えることになります。これを「事業拡大(Business Extention)」と言います。

従来のマーケティングは「拡大」しない?

ところが、(少なくとも経営学という学問分野において)マーケティングの中には、この「拡大」という考え方は存在しません。

たぶん多くの人は、「えっ、事業を拡大させるのがマーケティングの役割じゃないの?」と思われるかもしれませんが、学問的には事業の拡大の方法を論じるのは経営戦略の領域の役割で、マーケティングというのは「企業の活動を市場の変化に合わせる」のが本来の役割なのです。

というのも、これまでのマーケティングの考え方の中では、事業が成長したり拡大したりするのは

 (1)企業がその活動をより正しく目の前の市場と顧客に合わせたことにより、本来買うはずだったが何らかの障害によって買ってもらえていなかった顧客が買うようになった

 (2)企業がその活動をより正しく市場と顧客のニーズの変化に合わせたことにより、これまでは買うはずのなかった顧客が新たに買ってくれるようになった

という2つのうちいずれか、もしくは両方の出来事が起きた結果なのです。

実際のところ、多くの企業でマーケティング担当者の業務の大半は新製品の企画や新事業の開発ではなく、既存の製品やそれを売るための業務プロセスをどう市場の変化に合わせて最適化するかに費やされています。

業界によっても程度の差はありこそすれ、今ある製品・サービスをもっと売るための粘り強い努力をせず、新製品や新事業を次から次へと作ることだけに力を入れている企業は、まずもって良い会社にはなりません。その意味では、「マーケティングとは企業を市場に合わせること」という考え方は、ある意味「正論」ではあります。

単純な「市場開拓」「製品開発」はあり得ない

「そんなこと言っても、実際にどうやって事業を拡大するか、マーケティング部門は毎日考えなきゃいけないんだよ!」

という方もいらっしゃるでしょう。たぶん、そういう方々は、次の枠組みで事業の拡大を考えていると思います。経営戦略では有名な「製品・市場拡大グリッド」、またの名を「アンゾフの成長マトリクス」というやつです。

要するに、既存の事業だけで成長に限界が出てきたら、顧客を広げるか製品・サービスのラインナップを広げるかのどちらかですよね、という考え方です。

しかしこの考え方、そもそも企業側の都合をそれっぽく言い表しただけであり、市場や顧客の側から見たら何の解決にもなっていません。だから、上記のような「市場変化に合わせる」マーケティングの考え方とも、すこぶる相性が悪いです。

このマトリクスの、下側(市場開拓)は「今のお客様以外のお客様に、今扱っている製品・サービスを売りましょう」ということですが、これを従来のマーケティングの流れで言うと「ターゲットセグメントを拡大しましょう」ということになります。前回のコラムで取り上げた「ペットの犬に装着する健康センサー」を例に取ると、たとえばこういうことです。

しかし、「ペット用健康センサー」という製品は変えずに、ユーザーを変える・広げるとなると、訴求する価値を変えなければなりません。たとえば、①の方向(ペットの健康にあまり気を遣わない飼い主)にユーザーを広げる場合、「あなたのペットの健康がきちんと管理できます」だけでなく、このユーザー層が求める価値を製品に新たに付与して訴求しなければ、売れるわけがありません。

どんな価値を付け足せば良いでしょうか? 「高齢化したペットでもおしゃれになる」? それとも、「健康にあまり気を遣わなくても元気になる」? なんかおまじないのような製品価値ですね(笑)。本当にそんな製品を作れるのでしょうか。

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川上慎市郎

グロービス・マネジメント・スクールでマーケティングを教える川上慎市郎さんが、若手ビジネスパーソン向けに、マーケティング、メディア、そして教育について、深くやさしく解説をします。かつて有名ブログ「R30::マーケティング社会時評」を運営...もっと読む

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コメント

tetsumi69 #today Ansoff vs PED 4年以上前 replyretweetfavorite

abm 体験の前後に価値を引き延ばしていく発想は参考になる> 5年弱前 replyretweetfavorite

yukio この手法、ほんと重要。(いまだけ)「それは、「顧客へ提供する価値を、体験フローの前後に引き延ばしていくこと」です」 5年弱前 replyretweetfavorite

mMasanao 技術目線と顧客目線の新商品開発は考え方がほんとに全く違う事がわかる。 5年弱前 replyretweetfavorite