編集工学研究所 書棚前にて
松岡正剛とは何者か
—— 謎の多い賢者のような松岡正剛さんがスマートフォンのゲームを作ったと聞いて、「待ってました」とばかりにお話を伺いに来ました。
松岡正剛(以下、松岡) なんでも聞いてください。
—— ちょっと松岡さん自身のことで、「謎」に思っていることがあるんです。
松岡 なんでしょうか。
—— 今は池上彰さんですとか、答えを分かりやすく教えてくれる人、謎を解き明かす人っていうのが求められていますよね。
松岡 そうですね。大事ですね。
—— でも、松岡さんは、本を読んでいても、お話を聞いていても、とてもおもしろいんですが、どこか煙に巻かれるようなところがあって、手品のようにいくつもの可能性を示されて、答えがどんどんわからなくなるという感じがあります。
松岡 あははは。それはよいことですね。可能性が広がって、迷うのはよいことです。
—— 今日はこの『NAZO』というゲームを切り口に、松岡さん自身の「謎」についてお話を伺えればと思っています。とはいえ……どこから聞けばいいものか。
「松岡正剛」というのはすごく不思議な存在だと思うんですね。70年代に伝説的な雑誌「遊」の編集者として現れ、そこで荒俣宏を筆頭にいろいろな人を紹介しました。そのあと海外で「間MA展」のディレクターをされた後、80年代には古代の象形文字から現代の人工知能までの技術、思想、コミュニケーション、デジタルなど、あらゆる「情報」の歴史をまとめた『情報の歴史』(NTT出版)という仕事をはじめましたね。
情報の歴史―象形文字から人工知能まで (BOOKS IN・FORM SPECIAL)
松岡 そうですね。
—— 『情報の歴史』はちょうど90年に本になりました。90年代は精力的に本を書かれていますが、僕は、これは80年代にやり残したことの補足であって、あまり自分から新しい動きを始めたということではなかったように思っているんです。
松岡 僕はマスメディアに出るのはあんまり好きじゃないからね(笑)。表からは活動が見えなかったとは思います。90年代以降は、イベント的に何かをナビゲーションして、「一夜の夢」を作ってほしいと言う依頼も多かったですしね。
自主的に何か作っていくというより、裏方の仕事が14、5年続いた感じです。
—— しかし、2000年にネット上で、毎日古今東西の本を論じる「千夜千冊」※を始められますよね。これは今や、本好きなら必ず知っているサイトです。70年代の多くの知識人たちがネットに対応できなかったなか、松岡さんは新しい場を構築できた。
いつか「スマホ」でなにかやるんじゃないか……と思っていたので、今回『NAZO』をリリースしたと聞いて、ついに来たなと。どうしてこのタイミングで?
※「松岡正剛の千夜千冊」:ブックナビゲーションサイト。同じ著者の本は2冊以上取り上げない、同じジャンルは続けない、最新の書物も取り上げる、というルールで書かれている。公開されている書評は1500冊を超え、現在も更新中。
松岡 サイバード※の社長の堀さんから話があったのがきっかけです。これまで個人的にスマホに関わらなかったのは、携帯やアプリというものがいったい何なのかが、なかなかわからなかったんです。
※サイバード:株式会社サイバード。堀 主知ロバート氏が社長兼グループCEOをつとめ、スマートフォン向けの様々なデジタルコンテンツを開発している。
—— どういう意味でわからなかったんですか?
松岡 PCの段階までは、ほぼ今までの僕のイマジネーションやデバイス感覚で理解できた。メカトロ(機械工学+電子工学)や、サイバネティクス(情報制御工学)にも対応できた。
けど、携帯っていうのはそのPCのモデルをもっと入れこむのか、何か独自のフォーマットやスタイルにするのか、それがわからなかった。そしたら全部入れ始めたんです。
—— たしかに携帯の機能の過剰さは、これまでのデバイスの想像を超えてますね。
松岡 じっとしていても世界とつながってる、というのは一体何なのかっていう疑問があったんですね。人は、携帯を置いてどこかに行くってことはしない。ずっと装着し続ける。ずっと装着してどうなってしまうのか。
—— 今は、iWatchみたいにウェアラブル(装着型)になって、終わりというお考えですか?
松岡 ウェアラブルになって、ヘッドマウントギア型のものまでいって、完全に人間が電子デバイスになっちゃう手前で、逆に嫌悪感が起こって……というようなことを考えていたけど、ぜんぜんそんなことにならない(笑)。取り越し苦労ですよってみんなに言われちゃったんです。
—— かなり想像が飛躍しましたね(笑)。
ダークマターの間にいる自分を想像する
—— 『NAZO』をプレイしてみると、現実世界からこの物語世界へすごく自然に入っていけました。この部分、かなり研究されたのかなと……あ、でも、松岡さんは確か、スマホを使ってないと聞いたことがあるんですが。
松岡 うん、使ってない。タップが嫌いなんだよね。
—— 使ってなくても感覚はわかりますか?
松岡 わかりますよ。昔からそうで、例えばメソポタミアに自分は生きてないんだけれども、ものすごいメソポタミアが分かるとか。宇宙旅行とかしていないんだけども、ヒッグス粒子が見えたり、ダークマターの間にいる感じがするとか、そういうことを掴むのは得意なんですね(笑)。
—— ダークマターの間にいる感じ(笑)。想像することを楽しんでいるんですね。……事前に他のゲームをやったりもしていないんですか?
松岡 してませんね。
—— でも、想像するよりやった方が早いと思うんですけど。なにかそこにこだわりが?
松岡 例えば、野球とかサッカーとかカーリングに興味持ったとして、すぐやる?
—— そうですね。僕は興味を持ったら、とりあえずやっちゃえばいいと思って実行するほうです。例えばタトゥーなんかも、興味あるんだったら本読んでないで、入れればいいじゃんって感じです。
松岡 まあ、あなたはやるか(笑)。僕は代理構造を作るんですよ。興味を持った対象を自分の想像力で、国や、あるいは部屋のどこかにピンナップしていく。場所を移すとそこに“見立て”が動くんです。もともと僕はそっちのタイプなんです。例えば、テニスが8人になったらどうなるのかなっていう風に想像する方がおもしろくて。
自分の中で代理体験を想定して、「国」や「部屋」や「テニスのルール」などといった構造のなかに別のものを入れていくと、そこに見立てが動く。そうしている間に、プロセスエンジニアリング(過程の設計法)が自分の中に組み立てられていくんです。
—— たしかに、経験しちゃうと、単なる事実になっちゃう側面はありますね。小説って、事実よりもおもしろい嘘を優先したほうがいいメディアなので、そこは僕も気をつけないと……。
次回はさらに、『NAZO』にまつわる編集術についてのことを聞かせてください。
次回、「加速するためには、自分のスキルで立ち向かわない。」は1/28(水)更新予定。
聞き手・構成:海猫沢めろん、写真:加藤浩
日本を代表するアニメスタジオ「STUDIO4℃」が描く圧倒的世界観に、あの編集工学者「松岡正剛」が手がける「月をめぐる物語」とその「謎」を解くアプリ『NAZO』。ぜひ挑戦してみてください。