イラストレーション:スオウ
八月三日の夕刻、ようやく幕は下りた。
戦と芝居はよく似ている。流れる筋から生み出される一編は新たな歴史の編纂に見えてその実、緻密な脚本に基づいた戯曲である。どちらも全ては緻密な計画の上に成り立っている。しかし、不測の事態は免れない。瞬時の対応を誤れば、戦も芝居も即座に幕を下ろすのだ。当人達に自覚はなくともそうやって取捨され、選択された歴史に感応し、また新たな人生という名の即興の道を紡ぎ出す。一先ずこの場は収まった──はずなのに。
無事下ろされたはずのその幕が突如、断末魔の悲鳴と共に切り刻まれる。
天地の極が反転し、清と濁が混じり合う。その剣がもたらす稲妻は強烈な磁場を生み、月さえ刀陣の 裡 へと引き寄せる。故に太陽との綱引きが起きて、使い手と太陽との間に月が入り込み、日蝕を引き起こす。空に黒き太陽を浮かべるのだ。何事かと振り向いた幸成の眼に映ったのは、最早剣術などと呼ぶ代物ではなかった。どんな戦術も戦略も謀も砂粒一つに充たない無へと帰してしまう程の圧倒的な暴力兵器。
常夜の世界より舞い降りた漆黒の鴉が 芥子粒 を弄ぶが如く、次々と命を 啄 む。
危険を察した兵達が数に 恃 んで鴉に殺到する。切っ先がゆらゆら揺れたかと見えたその刹那、音が消えた──ぴんと張り詰めた静寂──ここは死臭漂う地獄の入り口、冥界へと案内するのに 一分 の隙もなく滞りもない。血があちらこちらに噴き出す。全員が眼にも止まらぬ神速の刃で音もなく斬られていた。血によって施された美しく 眩 い朱色の化粧は実に禍々しい。 黄昏 の中に浮かぶ太陽さえ殺すのだから。
何だ? あれは何だ? 一体何なのだ!?
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