第79回】最高のソプラノリサイタルを聴いた、久しぶりに日本で過ごすお正月

ドイツのシュトゥットガルトに在中の川口マーン惠美さんが、EUから見た日本や世界をテーマにお届けするコラムです。


〔PHOTO〕gettyimages

お正月らしさがなくなっていく日本の元旦の風景

久しぶりにお正月を日本で過ごした。東京の三が日は良いお天気だった。特に2日と3日は終日快晴で、本当に気持ちがよかった。

皆が「寒い、寒い」というけれど、ドイツの冬で鍛えられているせいか、ちっとも寒いと感じない。どちらかというと、家の中のほうが寒い。

それにしても、日本の元旦の風景は、ますますお正月らしさがなくなっていく。前回は、多くのデパートやお店が2日から開いているのに驚いたが、今回は元旦から開いていたお店もけっこうあった。これではなるほど雰囲気が出ないはずだ。

お正月早々、安売りに走るのは風情がない。「風情なんて何のため?」と聞かれれば、うまく答えられないが、無駄なところに手をかけるのが人生の贅沢だ。風情や風習や、無駄なものをすべて省けば、人生はとても味気ないものになるだろう。私は、実生活の役にも立たず、有意義な知識を学べそうにもないが、美しい文章が連なる長ったらしい小説を、仕事を放っぽり出して読んでいるときが一番幸せだ。これほどの時間の無駄はない。

ともあれ、昔は三が日は全部お店が閉まり、町の眺めが整然としていたのが、とても新鮮だった。コンビニもなかったので、大切な食材を買い忘れては大変という緊張感もあった。あの懐かしい風景がもう二度と戻って来ないと思うと、ちょっと悲しい。少しぐらい不便でも、一年に一度ぐらい、お店が全部閉まっているときがあってもいいのに。

お屠蘇気分も吹き飛び大満足だったリサイタル

さて、元旦は老人ホームの両親のところへおせちやシャンペンを持ちこんで宴会をし、2日は皇居の一般参賀に行った。

二重橋のところの駐車場に観光バスが何十台も停まっていて、すごい人出にはびっくりした。私は団体行動が得意ではなく、スポーツ競技や野外ポップコンサートに行くこともないので、日頃、街や電車の混雑に遭遇することはあっても、大勢の人間が一つの目的で列をなしているような光景とはあまり縁がない。だから今回の参賀の人々は久しぶりに見た、思いを一つにした群衆だった。しかも、その中に自分がいたことが何となく楽しかった。

皇族の方々は皆さまおそろいで、青空と明るい日の光がまぶしく、また、皇后陛下を始め、お姫さま方のドレスが色とりどりなのが見事だった。新年の皇居はいかにも清々しい。天皇陛下のお言葉のシンプルさはおそらく、日本の皇室のシンプルさに通じるものだ。真理は、実はシンプルさの中にあるのだと思う。参賀に訪れた人は、平成に入って3番目に多かったそうだ。

3日は終日家で仕事。ドイツでも日本でも、やっていることに代わり映えがしなくて嫌になる。

4日は、東神奈川のカナックホールへ、小山亜矢のソプラノリサイタルを聴きに行った。以前紹介したことのある天才ファゴティスト、小山莉絵のお姉さんだ。妹のほうは、今や世界中を飛び回る売れっ子だが、亜矢はこの日が初リサイタル。26歳。ドイツ在住。

このリサイタルがまた最高によかった。小山亜矢は、小さなころから知っているが、今回の変容は、さなぎが突然、アゲハ蝶になったような唐突さだった。まだ無名だが、テクニックは凄い。キンキン声のソプラノが多いなか、高い声も柔らかい。持って生まれた声質もあるだろうが、やはり歌手である母親が手塩にかけて育てた成果というべきか。

ただ、これまでは、精神的な幼さのためか、作品に対する理解の浅さのためか、教わったことを真面目にこなしているだけという印象が抜けきらなかった。音楽の神髄に迫る強い意思のようなものが希薄だったのだ。ところが今回は違った。本人の主張が十二分に加わり、今までになく聴衆を惹き付け、深みのある内容となった。すごい跳躍だ。

前半は歌曲。最初のモーツァルトは無難。シューマンになると生き生きし始め、続く山田耕筰や中田喜直の歌曲も丁寧に歌いこまれ、美しい。どれも日本人にはお馴染の曲だったので、親しみもあってよいのだが、彼女の声量と技量を知っている私は、なんとなく物足りない。6気筒エンジンの車が時速30キロで走り、さらに、微笑みながら横断歩道で子供に道を譲ってあげているようで、聞いていてじれったい感じが拭えなかった(個人的感想)。

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シュトゥットガルト通信

川口マーン惠美

シュトゥットガルト在住の筆者が、ドイツ、EUから見た日本、世界をテーマにお送りします。

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