日本の基準値は欧米の10倍厳しい
本連載では以前、データを用いながら、
・「福島の食べ物ヤバい派」は全体の2割程度。「ある程度の放射線量がある食べ物も気にしない」人は、全体の過半数
という話をしました。
「福島の食べ物はヤバい!」派、あるいは「法定基準値以下であっても、一定の数字が出たら気になってしまって食べたくない」という「厳格派」の声のほうが目立つかもしれませんが、実際には「ある程度の放射線量がある食べ物も気にしない」という「穏健派」も多数存在するわけです。
ここからは、「ある程度の放射線量がある食べ物も気にしない」穏健派の方向けの話をしてみましょう。
とりあえず、はじめに議論しておくべきなのは「ある程度の放射線量」ってどのくらいなのか、ということでしょう。
以前、「ある程度の放射線量がある食べ物も気にしない」という人の中には、「漠然とした不安」を抱えている人がいるという話をしました。「漠然とした不安」の背景には、まさに、この「ある程度の」というところの「漠然さ」があるでしょう。
つまり、「ある程度って、どの程度よ?」っていう「ものさし」が定まりきらないまま放置されている。そのことが不安を継続させているのではないか。
じゃあ、数字を見ながら、漠然とした「ある程度」を、より具体的に「この程度」と判断できるように、それぞれの「ものさし」を持てるよう考えていきましょう。
その「ものさし」をどう作っていくか。簡単なのは、既に存在する基準との比較をすることです。
例えば、海外との比較です。海外の状況がどうなっているかを見ると、日本の100という数字が相対化されて「ものさし」が見えてくるでしょう。
以前にも触れましたが、生協は食の安全には比較的敏感な組織です。それを統括する組織である「生協連」のWEBに、シンプルにセシウムの基準値に関する国際比較の表がまとまっているので見てみましょう。
「海外の基準と比べて、日本の基準値はどうなのでしょうか。」
例えば、コメを含む野菜の場合、EUが1250ベクレル/kg、米国は1200ベクレル/kgです。日本が100ベクレル/kgなので、日本の基準は欧米より10倍厳しいということです。
つまり、欧米では道路の速度違反が1000キロぐらいなのに、日本は100キロ出したら捕まる、というような状態です。
背景にある考え方は、EUと日本とで共通しています。どちらも「年間の内部被曝が1ミリシーベルトにならないように」ということで設計されている数字です。日本は原発事故があったからより厳格に数値の設定がされています。
しかし、日本で色々データとってみたら、やはりこの100ベクレル/kgという基準設定自体が厳格すぎたことも分かってきました。上記の文にも書いてあります。
「ただ、これまでの食品のモニタリング結果からは、日本の食品の汚染率は50%よりもはるかに低い値になっています。たとえば、厚生労働省が公表している検査結果では、2012年2月は、約17,000件の検査が行われており、そのほとんどが検出限界値未満でした(90%以上)。」
ここの説明を細かくしだすとキリがなくなるのですが、簡単に言うならば、欧米の基準に近づけていっても年間の内部被曝が1ミリシーベルトにはならない状態を保てることが分かってきたということです。
とりあえず、「ものさし」を持つ上で理解しておくべきなのは、以下です。
・日本の基準値が欧米の基準値の10倍の厳しい値に設定されていること
・100ベクレル/kgという法定基準は「1年間の内部被曝を1ミリシーベルト未満にすること」を目指して計算されていたが、現状では、この基準をまもる限り、実際に内部被曝が1ミリシーベルトになるかというとそんなことはなく、極めて低い値になること
3・11後に日本は基準を5倍厳格化した
厳格派の中では、「いや、ヨーロッパでは日本の基準よりも厳しい基準を定めている」という議論もあります。
例えば、「ドイツ放射線防護協会」という団体が8ベクレル/kgという基準を定めていて、日本のメディアの一部が「ドイツは8ベクレルなのに日本は100ベクレルとか言っている」と報じたことがありました。
これは公的機関のような名前をしていますが、反原発・被曝回避を掲げる民間団体であり、「ドイツが国として8ベクレル/kg」というのは明らかに誤報です。詳しくは「ドイツ 8ベクレル」などで検索してみてください。
たしかに、そういう団体は欧米には複数あるでしょうし、先ほど触れたとおり、日本にも10ベクレル/kg以下とか0.5ベクレル/kg以下に基準を置いて活動する団体もいます。
しかし、少なくとも公的機関のレベルでの相場は、「EUが1250ベクレル/kg、米国は1200ベクレル/kg、日本が100ベクレル/kg」位のものと考えていただいて問題ありません。
じゃあ、さらに「ものさし」の目盛りを明確にするために、国際比較ではなく、日本の国の立場としてこの基準値ってどうなのっていうことも同時に見てみましょう。国際比較は空間をずらして比較しましたが、時間をずらして比較してみましょう。
どういうことかというと、この日本の100ベクレル/kgという基準ってはじめからそうだったのか、というと実は違うんですね。元々、日本の基準は、コメ・野菜ならば500ベクレル/kgでした。
細かい表はこちらにあります。「Q10 2012年4月からの食品の放射性物質の基準値を教えてください。」(ちなみに、生協連は政府・生産者・大学からフェアな消費者寄りの立場で、色々な情報をまとめていますので、細かい勉強をしたい方はこのページの他の問いもじっくりお読み下さい)
3・11から1年後に5倍基準を厳格化していたわけですね。欧米の10倍厳しい基準だと言いましたが、こういう経緯がありました。
ということなので、この100ベクレル/kgというのは、厳しく定め直した基準値であることがわかります。
自分の「ものさし」を持って、「ある程度」を判断する
さて、「ものさし」を持った上で、改めて意識すべきなのは、そういう「相対的に見て厳しい基準値」の中でも、「実際に基準値に触れるような作物はほとんど出てきていない」という現状です。
例えば、福島県産のコメで言えば、基準値を超えるものは、約1000万袋のうち、2012年度生産分で71袋、2013年度生産分で28袋。2014年度生産分については、2014年度末時点での基準値超えは0袋、という状況です。
ここでは詳しく述べませんが、野菜・果物についても、同様の状況が続いています。
まずは、この状況、「実際に基準値に触れるような作物はほとんど出てきていない」ということをより多くの人が理解する必要があります。その上で、それでも存在する「漠然とした不安」に向き合っていくべきでしょう。