ケータイを捨てるべき、3つの理由

作家の海猫沢めろんさんが、ケータイのない生活——つながらない生活——を試みようとしたことについてのエッセイです。ソーシャルメディア時代に警鐘を鳴らす内容……となったかどうか、ご一読ください。

ぼくは病気だ。
毎日、何時間も苦しめられ、精神をかき乱されている。
恐るべきことに、この病気は治療方法が発見されておらず、治るかどうかもわからないうえに、わずかな人しか発症しない。
この病の名を仮に「新型ケータイ依存症」としよう。
そんなぼくの一日はこんな感じ(この文章を読んで、10以上思い当たる節があったらあなたも病気だ)。

*   *   *

—朝
起きたらまず歯を磨く前にiPhoneでメールを受信する。
顔を洗ったあと、「twitter」で何百ものツイートとフィードの発言をチェック。
朝ご飯を食べながら「RSS」に登録したサイトの情報を見る。
気づいたら机に座って「safari」でまとめサイトを見ている。
時間はいつのまにか2時間が経過している。
気づかないうちに「Amazon」で本を3冊ほど買ってしまったようだ。
なんとなくエロサイトに誘導され、エロ動画を何十本もDLしている。

—昼
とりあえず仕事をはじめる前にランチにでかける。
「食べログ」で検索して、自転車ですこし離れた店にいく。
「foursquare」で店にチェックインし、料理がくるまでなめこを育てるアプリをいじり、「instagram」で料理の写真を投稿。
家に帰って友人と週末の予定を調整するために「LINE」でメッセージを飛ばす。
眠くなってきたので昼寝をしたあと、iPhoneの「RunKeeper」を起動してランニング。
ランニングしながらオーディオブックの太宰や鴎外、漱石や夢野久作を聞く。
なにか閃いたので「FastEver」でアイデアメモをとる。
そういえばTSUTAYAから割引チケットが送られてきていたのを思い出し、それを使ってネットでチェックしておいたDVDを10本ほど借りる。
ついでに夕食の買い物をする。
レシピは「クックパッド」のアプリで検索だ。

—夜
夜は「radiko」でラジオを聞きながら読書。
そうだ、この本の評判を「Amazon」で調べてみよう。
ふむふむ、なるほど。
関連書籍も購入だ。
他にもいろいろ検索しているうちに……あれ? またエロ動画だ。興奮してきたぞ。
よし、オナニーしよう。
15分後—。ふう……すっきりした。  おかしいな……こんなはずじゃなかったのに……あれ? 仕事がぜんぜん進んでないぞ!
どうしよう!
そうだ、昼のアイデアメモがあったはず……「Evernote」を検索。
「メガネボクサー。いける」
……どこへいける気になっていたんだろう?

—深夜
鬱々とした気分で反省会をする。
なんなのだろうこの人生は。仕事もしていなければ、充実した知的興奮もなく、ただ流動食のように情報を口から流し込んでケツから垂れ流しているだけ。いますぐ自分の頭を銃で撃ち抜きたくて仕方ない。正直、ぼくはもう半分廃人だ。気分転換に外に出ても気づいたらスマホをいじり、部屋に籠もればチ●コをいじる。それだけの存在。
いまのぼくはもはやホームボタンとタッチパネルと粘膜を触るだけのサルだ。いったいどうしてしまったんだ? 呪われているのか? これはステイ・フーリッシュにふくまれますか? 教えてくださいジョブス。
いかんいかん、こういうときは心を落ち着けなくては。
思考をめちゃくちゃにする悪魔の黒い板(iPhone)を捨て、ぼくは心を落ち着ける。そうだ……こういうときこそ瞑想だ。これで少しは心が正気になるはずだ。
そうと決まればさっそく瞑想。座禅を組もう!
確かiPhoneに「雲堂」という瞑想アプリがインストールされていたはず—。

*   *   *

ぼくはiPhoneを手に入れてから、こんな生活をもう二年も続けている。
何度もやめようと思ったのだが、気づくとまた同じような生活をしてしまっている。これはもはやアルコール中毒や依存症と変わらない立派な病気だ。
こうした状況が来るであろうことは、1970年代にアルビン・トフラーが『未来の衝撃』のなかですでに「情報過多」という言葉で預言していた。
確かにぼくは情報の洪水にのまれて溺れ死にそうになっている。
トフラーから見ればぼくは、情弱(ジョウジャク=情報弱者)ならぬ情溺(ジョウニャク=情報溺者)だろう。

精神科医のハワード・ハロウェルによれば、こうした情報の洪水こそが、注意力欠如特質(ADT)や注意力欠如障害(ADD)を引き起こす原因のひとつになっているという。
ケータイによる連絡が途絶えることに恐怖する「インターネット中毒性障害(IAD)」や、メールチェックをしているあいだに呼吸が浅くなりストレス性疾患の増殖につながる「メール呼吸困難症候群」などなど「なんじゃそりゃ?」と思うような、テクノロジー病は今も増え続けている。
アメリカの調査会社「Basex」の調査によれば現在、同国の働き手は、情報過多により、就労時間の四分の一を本来業務以外の要件に費やしており、その結果、企業の生産性が下がりイノベーションが停滞。2009年に行った推計では年間9000億ドルの経済損失がおきているという。
こうした試算がどれほど正確なのかはかなり疑問なのだが、テクノロジーによって効率があがるどころか、むしろ効率が悪くなっているというのはあり得る話だ。人類の九割が基本的にアホであるということはさまざまなデータが証明している。

スマートフォンが急速に普及しはじめ、いつでもどこでもネットにつながるこの状況は、モバイルPCが普及しはじめた頃のネット依存症とはまったく質がちがうものだ。
起動が遅く、かさばるモバイルPCに比べ、スマートフォンはとにかく驚くほど手軽で、まるで魔法のように簡単に世界とつながれる。けれどそのせいで、ぼくはいつどこにだれといても条件反射でなにかの儀式のように、時間が空いたらメールチェックをし、ツイッターやフェイスブックをながめ、ニュースフィードをチェックしている。まるでチカチカと光るアクセスランプのように、カタカタと指を動かす。まるで自分が情報をやりとりするハードディスクになってしまったような気分だ。
これは従来の据え置きPCの時代よりもはるかにひどいネット依存症、すなわち「新型ケータイ依存症」とでもいうべきものだろう。
ぼくのこの病気は一向に収まる気配はなく、ソーシャルゲームの登場によりますます加速している。
まだコンプガチャに手を出すほど正気を失ってはいないが、これはもはや時間の問題だ。
どうすればいいのだろうか?

つながらない生活 ― 「ネット世間」との距離のとり方

つながらない生活 ― 「ネット世間」との距離のとり方

ワシントン・ポストの元テクノロジー担当記者 ウィリアム・パワーズ(@HamletsBB)の著書『つながらない生活』(プレジデント社、原題:『Hamlet's Blackberry』)のなかにこんな話がある。
パワーズはある日、『USAトゥデイ』の論説ページで「劣化するコミュニケーション」という記事を見つける。そこでは、とある高齢の文化人がデジタル礼賛への批判を述べて、ソーシャルネットワークの情報過多にうんざりして、最新テクノロジーとは綺麗サッパリ訣別したということが書いてあった。
これにたいして、彼は「過剰反応だと思った」「追いつめられて出口が見えないときに自然に生じる反応である」と、その行きすぎた行動を非難する。
ぼくも同じ意見だ。頭の硬化した老人どもがハイテク・ラッダイト運動を信奉する様は、まさに醜悪の極み。打ち壊されるべきは自らなのだと気づくことができないほど耄碌してしまった姿には、怒りを通り越して、フンコロガシがウンコを転がしている程度の感情しか抱けない(昆虫の行動は謎と神秘に満ちている)。
パワーズが理想とするのはテクノロジーを非難せず、適度にうまくつき合っていくことなのだ。ネット依存をやめたいなら、それを悪とみなして禁止するのではなく、禁止したときに起きるメリットに目を向けなさいと彼は言う。
この意見はリベラルかつ、いまさら言う必要もない正論である。
いくらつながりがウザいからといって、まさかケータイを捨てるアホはいまい。いまやケータイはなくてはならないものなのだ。なくなれば待ち合わせにも一苦労するし、仕事のやりとりも大変面倒なことになる。

だが、しかし、そうした冷静な考察をする一方で、ぼくはいますぐiPhoneを捨てたくてたまらなくなっていた。
その理由は単に情報洪水から逃れたい—というわけではなく、まったくべつの理由だ。
「ケータイだと? まだそんなもの持ってるのか? 笑止! 本当の孤独を知らぬ諸君らの幼稚さにはまったく嘲笑を禁じ得んなぁぁ~!」
そんな台詞を言ってみたい……。そう、ぼくがケータイを捨てたい理由は……ただ「なんとなくかっこいいから」だ。

この原稿依頼は天から与えられたチャンス。神の意志だ。
さっそくぼくはケータイを解約することにした。

ある日の午後、根津のソフトバンクショップに行くなり、すいませんこれ、解約したいんですけど、と華麗に店員にiPhoneを渡す。
契約内容を調べた店員が一言。
「あ、これは……まだ解約しないほうがいいですよ」
なぜだ! オレに指図するおまえは何者!
「二年縛りがあって、それの期限が来月なんです」
くっ……。
「いま解約すると違約金が発生しますが……どうなさいます?」
ガッデム!
フィンランドの国際競技「ケータイ電話投げ」に参加していますぐこの店のケータイをすべて投げ捨ててやりたくなる衝動をおさえる。
こちとら、なめこTシャツが買えずにマジックで白Tになめこの顔をかいて満足するような貧乏人。
……ごめんなさいすいません出直してきます。

そんなわけでぼくは結局解約できずに家に帰ってきた。
仕方ない。今日からはiPhoneを捨てたことにして手元に置かずに暮らしていこう! そうしよう!
そう誓って眠った。

次の日。
ぼくはiPhoneの電源を切って、まったく使わないことにした。
それでも不安なので、同じシェアハウスに住む友人に頼んでぼくのiPhoneを隠してもらうことにした。
どうなったか?
一日を見てみよう。

*   *   *

—朝
起きてすぐiPhoneを探す。
見つからない。
落ち着かない。
部屋を掃除しはじめる。
発狂しそうになり、台所から玄関の靴箱、ゴミ箱などを徹底的に探し始める。
見つからない。
PCを起動してネットに接続してメールチェック等、iPhoneでやっていることをやる。

—昼
なんだか落ち着かずコンビニ弁当。
落ち着かない。
iPhoneのレーダー機能で追跡する。
どうやら家にはあるらしい。
落ち着かない。
昼寝。
なんだか怒りがわいてくる。
ランニングするが、距離が測れないのでイライラする。夕食の買い物も気が乗らず弁当に。
書店にいっても書名が覚えられず絶望。その絶望をSNSに垂れ流そうとするも、iPhoneがないので出来ない。
通行人に対してイミフメイの怒り。
世界が闇に包まれている気がする。

—夜
夕食はラーメン。
読書しようとするが集中できず。
瞑想する。
悟りの境地に達する。
iPhoneのタッチパネルを触っている幻覚。
耐えきれず友人に連絡「重要な電話がかかってきている」と嘘をついて隠し場所を教えてもらう。
iPhoneを手に入れた!
世界が光に包まれた!

こうしてやっとぼくはiPhoneを手に入れることができたのだ! 良かった! もうだめだ! 死にたい! 殺してくれ! 君の黒い板でぼくの頭を滅多打ちにするんだ! はやく! オレが正気なうちにはやく! ううう! あうああじゃじゃじゃあああ!

*   *   *

本格的にまずい事態に陥っている。
なぜなら、この原稿の締め切りが今日なのだ。
これはいけない。
まったくケータイを捨てていないではないか!
いくらなんでもこのままでは「ケータイを捨てるべき、3つの理由」のタイトルが完全に嘘になってしまう……。
しかし案ずることなかれ。今日、ついに2年縛りの期限が終わった。今度こそソフトバンクショップに駆け込んで解除申請だ。
やっとケータイを捨てられるぞ!
この原稿にもなんとか、辛うじてオチがつけられる……そう思っていた。
ところが—ショップ店員が言った。

「あ、これ……二年縛りは終わってるんですけど本体の分割払いが……あと一ヶ月残ってますね」

追記:その後、8月11日をもってやっと解約ができたので、ぼくはいま、ケータイのない生活を送っている。とても穏やかな気分だ……これまでの生活を振り返り、過去の自分になにか言えるとしたら、ぼくはこう言うだろう「おまえは病んでいる! いますぐその黒い板を捨てろ!」

(ちなみに「ケータイを捨てるべき、3つの理由」は、そのうち明かされる予定だ。続きが知りたい場合は@cakes_PR@uminekozawaに頼もう)

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hirarisa_R あとこれ読むとぜったいめろん先生のこと好きになるんですよ…… |ケイクスカルチャー|海猫沢めろん https://t.co/XPBUv3K3PQ 3年弱前 replyretweetfavorite