ワインとチーズに育てられた少年時代

牧村朝子さんは、日本の漁村で生まれ育った日本の祖父が話してくれた「戦後」に思いを馳せつつ、ルネおじいちゃんの言葉に、耳を傾けます。おじいちゃんが語る、第1次世界大戦後にはじまった、まだ生まれたばかりのルネおじいちゃんと両親の、慣れない異国の地・スイスでの生活。そこには頭を負傷しながらも、なんとか妻子を養おうとするお父さんの姿がありました。

 渋谷がなかった、と聞いたときの衝撃は今でも覚えている。

 昭和一ケタに神奈川の漁村で生まれた私の祖父は、戦後の焼け野原をトランク一つで歩き回った保険営業マンだった。その頃「渋谷なんかなかった」んだ、と、祖父はどこか誇らしげに言ったものだ。

 民家の立ち並ぶ郊外に過ぎなかったあの界隈は、戦争が終わって初めて、今でいう「渋谷」としての発展を遂げたのだという。調べてみるとその通りだ。1957年に東急文化会館(現在の渋谷ヒカリエ)が、1978年に東急ハンズが、そして1979年にやっと109が作られた。


1952年ごろの渋谷駅前

「何もかも壊されて何もなかった日本を、元に戻すどころか前よりも良くしよう。そう考えて戦後はみんな頑張ってきたんだ」と、祖父は胸を張っていた。テレビに映るキラキラでガヤガヤの渋谷のスクランブル交差点に、「わしらが育てた」とでも言いたげなドヤ顔で。

 渋谷ほどきらめいてもにぎわってもいないかもしれない。けれど、ここフランスでも、静かな暮らしを立て直そうと頑張った人が今目の前にいる。

 私は、祖父が見た戦後とはまた違う景色に出会おうとしていた。もうひとりの祖父の—ルネおじいちゃんの目から見た戦後に。戦後という言葉でひとまとめにされた中には、ひとりひとりそれぞれの物語があるのだ。

 何もない、何もかも壊された上に、人が何を夢見て、何を目指したのか。

「ドイツ軍に捕まっていた俺の父親は、ドイツの敗戦で解放された。だが終戦を迎えた1918年、故郷は戦争被害でひどいありさまだった。

 もちろん俺の父親だってひどいありさまだったからな、中立国スイスのヌーシャテルに送られたんだ。そこはフランス国境との近く、湖をたたえた美しい町だった」

 ルネおじいちゃんはパイプを手に取り、マッチを擦る。小さなオレンジ色の炎が、水面のような青い瞳に反射してきらめいた。

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ルネおじいちゃんと世界大戦

牧村朝子

第二次世界大戦終戦から、今年で70年。「戦争」という言葉を聞いて、みなさんはどんなイメージを思い浮かべるでしょうか? 日本人にとっての戦争は、映画や教科書や遠い国のニュースの中のものとなりつつあります。そんな中、フランスで国際同性婚を...もっと読む

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コメント

RIME3726 急に僕が生まれる前に亡くなった祖父に会ってみたくなった。彼はどんな人間だったんだろうか 3年弱前 replyretweetfavorite

makimuuuuuu “昭和一ケタに神奈川の漁村で生まれた私の祖父は、戦後の焼け野原をトランク一つで歩き回った保険営業マンだった”――ノンフィクション「 3年以上前 replyretweetfavorite

uyijyu ルネおじいちゃんと世界大戦|牧村朝子 @makimuuuuuu |cakes(ケイクス) 懐かしい気持ちにさせる、異国の、それでいてどこにでもありふれている「家族」のお話。記事内容も好きだし、まきむぅさん支援♪|https://t.co/wIf8VLNNcW 4年以上前 replyretweetfavorite

makimuuuuuu ▼ https://t.co/DT1EwyS3Ac パリに住むフレンチダンディな 5年弱前 replyretweetfavorite