たけし、さんま、タモリの「笑い」はどう違うか?

新章突入! タモリの足跡を辿ってきた「タモリの地図」、今回はのちにタモリとともに「お笑いBIG3」と称されるようになった明石家さんまとのお話です。『笑っていいとも!』では10年近くにわたって、タモリとさんまがふたりでフリートークを繰り広げる「日本一の最低男」のコーナーが放送されていました。名コンビとも言える二人ですが、その芸風はかなり異なります。明石家さんまとはいかなる芸人なのか、タモリとの比較から分析します。

終戦直後に生まれ古希を迎えた稀代の司会者の半生と、 敗戦から70年が経過した日本。
双方を重ね合わせることで、 あらためて戦後ニッポンの歩みを 検証・考察した、新感覚現代史!
まったくあたらしいタモリ本! タモリとは「日本の戦後」そのものだった!

タモリと戦後ニッポン(講談社現代新書)

40歳の地図—『いいとも!』長寿番組への道 1

『いいとも!』名物となったトークコーナー

1984年12月、番組開始から2年が経っていた『笑っていいとも!』でタモリと明石家さんまによるフリートークのコーナー「日本一の最低男」が始まる。このコーナーはもともと、ゲストの遅刻で空いた時間を二人がトークでつないだところ大ウケしたことから、レギュラー化されたものだった。

さんまはこのコーナーが始まる8カ月前、1984年4月から『いいとも!』のレギュラーになっていた。『いいとも!』放送初期のディレクターだった佐藤義和によれば、さんまから「どうしても出たい」との申し出を受けてのことだったという。さんまはその前番組『笑ってる場合ですよ!』のレギュラー出演者の一人だった。じつは『いいとも!』では当初、『笑ってる場合ですよ!』の出演者は一切出さないことを原則としていたのだが、佐藤はさんまとタモリの相性は非常によいと期待して起用したという(『バラエティ番組がなくなる日』)。二人の相性のよさは、トークコーナーで見事に証明されたというわけである。

タモリとさんまのトークは、台本も打ち合わせもない、まったくのアドリブだった。いわば雑談をテレビに持ち込んだのだが、タモリが《平気なようでけっこう神経遣う》と打ち明け、さんまも《汗かいたこともありましたよ。お互い話題が見つからなくて》と語っているように(『ザテレビジョン』1990年7月13日号)、アドリブゆえの苦労もあったようだ。しかし視聴者は、二人のやりとりが自然なので、その苦労にほとんど気づかなかったのではないか。「日本一の最低男」の人気はたちまち高まり、その後、タイトルを変えながらも、さんまが番組レギュラーを1995年に降りるまで続く長寿コーナーとなった。

番組名物となったタモリとさんまのトークは、週刊誌にも再録されるほどだった。『週刊明星』1987年8月20日号に再録されたなかには、たとえばこんなやりとりが見られる。

タモリ (さんまの短い髪を見て)頭切った?
さんま 頭は切ってまへんがな。頭蓋骨硬いから、ズボーンと切りにくいでしょうが。
タモリ おもしろい男だな。
さんま ツメを切ったというのも間違いなんですよ。正確には「ツメの先を切るんです」。「君、ししっ鼻やな」というのもおかしい。獅子の鼻をつけたヤツはおらへんですよ。
タモリ そんなこと言ったら、日常生活はできていかんじゃないの。

タモリの話の振り方が、後年モノマネされることになるタモリのセリフそのものなのがおかしい。このやりとりからもうかがえるように、『いいとも!』のトークコーナーにおいて、タモリは話を振ったあと、自分の近況などをしゃべるさんまに、ときおりツッコミや茶々を入れるというのが基本的なパターンだった。まさにその受け身の芸風をいかんなく発揮したのである。

さんまもまた、同時期の『オレたちひょうきん族』におけるビートたけしとのコントとあわせて、めきめきと頭角を現していく。1980年代後半には、タモリとたけしと並び「お笑いBIG3」と称されるようにもなった。

『いいとも!』のトークコーナーからは、「アホちゃいまんねん、パーでんねん」という流行語も生まれた。これは、さんまが、こんな言葉が大阪の一部の小学校で流行っていると、自分なりのアレンジを加えながら演じたことから世間に広まったのだ。このあとさんまは『ひょうきん族』でも「パーデンネン」という怪人に扮し、タケちゃんマン役のたけしとコントを繰り広げた。なお、この言葉はもともと、上方落語家の月亭八光はちみつ(月亭八方の息子)が小学校時代、近所に住んでいたさんまに5千円で譲ったものだと、八光本人が後年告白している。

笑いの道に進むべくして進んださんま
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この連載がついに書籍化!「森田一義」はいかにして「タモリ」になったのか。関係者への追加取材や大幅加筆でその足跡をさらに浮き彫りにします!

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タモリの地図—森田一義と歩く戦後史

近藤正高

2014年3月31日、『笑っていいとも!』が32年間の歴史に幕を下ろしました。約32年間、毎日テレビに出続け今や国民的タレントになったタモリ。そんな「昼の顔」だけでなく、アングラ芸で身を起こし、深夜番組『タモリ倶楽部』で披露する「夜の...もっと読む

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donkou ケイクスのタモリ連載、新年1回目は今年還暦を迎えるさんまとタモリとの比較から。 5年以上前 replyretweetfavorite