クリエイティブ」をお金に換える新たな方法を探して

クリエイティブラボPARTYニューヨークオフィスで、広告やミュージックビデオなどさまざまな作品をつくっている川村真司さん。後編は、大学からPARTYのニューヨークオフィスを立ち上げるまでの経緯をうかがいました。社会に出たときから、「クリエイティブをどうお金に換えるのか」ということに関心があった川村さんはいま、新たなマネタイズのモデルを構築しようと試みています。

「デザインに決意が足りない」と佐藤雅彦先生は言った

— さて、いろいろ見せていただきましたけども、ほんとにいろいろやってますよね。川村さんの職業ってなんなんでしょうね。

川村真司(以下、川村) 難しいですね。親にも多分ちゃんと理解されていないと思います(笑)。ふわっとまとめて「クリエイティブディレクター」と呼ぶことが多いです。デザインもするし、映像のディレクターもやるし、広告のアイデアを出してプランナーをすることもあるし、アート作品もつくるし。まあ、ださいけどわかりやすい言い方をすると、「アイデアマン」とか「つくる人」といったところでしょうか。

— 川村さんの「つくる」原点は、やはりSFC時代の佐藤雅彦研究室にあるのでしょうか。研究室では具体的に、どういうことをしていたんですか?

川村 僕らは佐藤雅彦先生が大学で教える1期生だったので、けっこう手さぐりでやっていたところがあったと思います。毎回課題を出されて、それを解く感じで作業をしていました。その答えがおもしろいまとまりになりそうだったら、パラパラ漫画セットにしたり(『動け演算』)、立体視の本にして売ったり(『任意の点P』)、番組にしてみたり(『ピタゴラスイッチ』)と、出口のある研究実習みたいなことを、ずっとやってたんです。デザインシンキングというか、ものをつくる上での考え方などを、一緒にモノづくりしながら学びました。

— それはすごく贅沢な環境ですね。うらやましいです。

川村 考える訓練になりましたね。また、最終的には外部のプロと一緒につくっていくので、学生なんだけれど社会人レベルのクオリティを要求される、むちゃくちゃな環境でした(笑)。でもこの経験が僕の運命を変えたんですよ。佐藤先生と出会えて考え方を学んだから、僕はいまでもモノづくりを続けているんだと思います。僕、入って1年目は本当にダメなものばかりつくってたんですよ。でもある時先生に、「川村くんのデザインには、決意が足りない」と言われて。

— おお、すごいことを。それはきますね……。

川村 衝撃を受けて、自分は何をしていくべきか真剣に考えたんですよね。その結果、1年生の終わりくらいのタイミングで、やっぱりつくることが好きだから、これで食っていこうと決めたんです。何をつくるかはわからないけれど、モノづくりでやっていくことだけは決めました。

— 大学卒業後、広告の世界へ進むことにしたのはなぜだったのでしょうか。

川村 社会に出て、アイデアをかたちにしてお金を稼いでいきたいと考えたら、一番わかりやすいのが広告だったんです。どうやってクリエイティブをビジネスにしてるのか、という仕組みも知りたかった。それで博報堂に入りました。

— 博報堂には何年くらいいたんですか?

川村 3年ほどいて、BBH(Bartle Bogle Hegarty)という外資系のクリエイティブエージェンシーに移りました。最初は日本オフィスの立ち上げをして、そのあとシンガポールやロンドンのオフィスでも働きました。でもだんだんフラストレーションがたまってきちゃったんです。その原因は、「頭の使い方」でした。広告代理店では基本的に、課題を与えられてそれに答えるような仕事がほとんど。もちろんそこにクリエイティビティは必要なんですけど、クリエイティビティって本当は、課題を見つけるところに一番必要とされているものだと思うんですよ。

— 課題を見つける。そうですよね。

川村 だから広告代理店に数年勤めるうちに、また自分なりの課題を見つけていくモノづくりをしたくなったんです。新しい表現を切り開く、メディアの新しい使い方を世の中に提示するなど、その頃から自主的に、いろいろ作品をつくるようになりました。

— でも、独立されたりはしなかったんですね。

川村 そうですね。もっと世界のいろいろな場所の働き方を体験して、それを吸収したかったんです。だから広告のエージェンシーで働きながら、自主プロジェクトでモノをつくるということを続けていました。BBHのロンドンオフィスの次はアムステルダムへ。オランダでは英語がほぼ公用語になっていたのと、アート・デザイン教育が盛んだったからです。アムステルダムの180というエージェンシーで働いたあとは、またBBHに戻ってニューヨークオフィスで働いて、その次はワイデン+ケネディでクリエイティブディレクターをしていました。

クリエイターは楽をしてはいけない

— いくつもの会社を経験されてきたんですね。

川村 渡り歩いてわかったのは、やっぱり人が大事だということ。おもしろいことをやってる「会社」を探すより、おもしろいことをやってる「人」を探して、その人と仕事ができるところに行けばいいんです。ワイデンもはたから見るとインタラクティブなキャンペーンに強い先進的なエージェンシーに見えるんですけど、中に入ってみると実際にそれを実現しているのは5人くらいしかいませんでした。

— よくウェブの広告の人は「インタラクティブ」といいますけど、インタラクティブってどんな意味で使ってますか?

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これからのクリエイティブ—PARTY NY川村真司インタビュー

川村真司

広告からミュージックビデオ、プロダクトにいたるまで、幅広い「モノづくり」をしている川村真司さん。いまはクリエイティブラボPARTYのニューヨークオフィスを立ち上げて、活動しています。日本に一時帰国した川村さんに、「これからのクリエイテ...もっと読む

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コメント

n_kawahara そうそう、マサさん背景のケイクスさんオフィスグリーンはうちで担当させてもらってるんですよー:) @cakes_PR: 約5年前 replyretweetfavorite

hazkkoi お金はあまりないんだけど、むちゃくちゃおもしろくて、見たことないものをつくるから、一緒にこの山を登ってくれないか、という誘い方をする。だからこそ、クリエイティブでどうやってマネタイズするかという問題については、いつも考えています。https://t.co/zC2aeX71VX 約5年前 replyretweetfavorite

hazkkoi 既成のツールをいじって満足してるだけだと、本当にオリジナリティのあるものは生まれにくいんですよね。テクノロジーを習得して使いこなせば、自分に合ったツールが自分でつくれるんですよ。それが、テクノロジーの本当の価値だと思います。https://t.co/zC2aeX71VX 約5年前 replyretweetfavorite