オフィス増床に次ぐ増床
20畳のオフィスもあっという間に手狭になった。この時点で30人くらいが働いていたのだから、部屋は人とパソコンの熱気でムンムンな状態である。なんとかしないといけない。
タイミングも良く、僕らはビルの8階のワンフロアまるごとを借りられることになった。またもビル内引っ越しである。こうなると50人はいけるのだ。
と安心したのもつかの間で、1年も経たないうちに、ワンフロアでは足りないという事態に陥る。仕事も人も湧いて出てくるようだ。さて、どうしようとなった時、今度は7階も借りられるということで、ビル内の2フロアを占拠。
6畳のワンルームから3年足らずでの大出世だなあと感慨に浸る余裕もなく、最終的には4階も借りて3フロア! となるのだ。
スペースに余裕ができたので、この頃、仮眠室やシャワールームを併設し、いつでも快適に泊まれるような環境を整えた。これで夏場に風呂に入れずに全身の蕁麻疹に悩まされることもないだろう。
その仮眠室を一番利用していたのは誰かというと、やはり僕である。
自分の家は銀座の4畳半から、半年後に祐天寺の2DKに移していたけれど、相変わらずほとんど帰ることもなく、倉庫代わり。会社にシャワーもベッドもあるとなれば、ますます帰る理由がなくなってくる。
夏休みや正月休みももちろん返上して、というかもともとあると思っていないので返上とも言えないのだが、毎日毎日寝る以外はずっと働いた。
プライベートがないといえばそうだけど、いつも彼女と一緒にいるのでその点は問題なし。ただ四六時中一緒にいるので、浮気的なことはやりにくい。
ちょっとこちらに気がありそうな女子大生、取引先で意気投合したお姉さん、そんな女の子たちとご飯を食べにいくことすら難しい状況である。
彼女が頭から湯気を噴き出しそうな勢いで働いている時に、
「ちょっと行ってくるわ!」
はなかなか難しい。
「どこに?」
と問われれば、まだ20代の初心な僕は口ごもってしまう。
「いや……ちょっと気分転換に遊びに行こうかと……」
今だったら、時には上手く嘘をつくのも必要だと分かっているし、上手いことかわせる技術も身につけているのだが、当時の生真面目な僕は、まるで彼女に監視されているような気持ちになってしまった。