ついにオン・ザ・エッヂ設立
初めてのオフィスも彼女の父親が紹介してくれたビルに構えることになった。
場所は六本木三丁目。かつて六本木プリンスホテルがあった場所の近くだ。昭和30年代に建てられた古びたビルで、2014年現在は取り壊され再開発中である。このビルの最上階のワンルームを事務所としてオン・ザ・エッヂはスタートする。
ちなみに家賃は月に7万円という破格の値段。しかも保証金や敷金礼金の類いはゼロである。彼女の父親の伝手ということもあったが、そのビルのオーナーが倉庫として使っていた(というかほとんど使っていなかった)部屋を貸してもらったのだ。
広さは6畳程度。部屋自体は至って普通のワンルームで、室内には洗面所とは呼べないほどの流し台があるだけ。トイレは階段の踊り場にある共同のもの。
ビルの近くの中古家具屋で買ってきた3つの机とソファーを置いた。パソコンやサーバーは秋葉原でパーツを買ってきて自作。それを自宅から持ってきた木製ラックに設置して、なんとかオフィスと言えなくもない感じの部屋ができ上がった。
しかし資本金があってオフィスがあってもまだ会社にはならない。
当たり前だが、会社は登記され、つまり法的に認められて初めて会社となる。
この登記作業はすべて僕一人でやった。
まずは定款を作るところからなのだが、その作業がよく分からない。司法書士に頼めば簡単らしいが、そんなお金の余裕はない。
「会社の作り方」的な本に載っていたサンプルやフィクスの業務内容をパクって、まさに見よう見まねで定款を作成する。
完成した定款を法務局に届け出るのだが、その前に定款認証が必要である。この定款認証という作業は公証役場で行われるもので、僕の場合は麻布公証役場に行くこととなった。
公証役場なんてもちろん行ったことがない。一体どんなところなのかと思って、地図を片手に辿り着いたのは、およそ公の施設とは思えないぐらいお粗末な、雑居ビルの一室。
出て来たのは70歳ぐらいのおじいさん。定款を見て判子を押してくれるという流れらしい。しかしこのおじいさん、なかなか判子を押してくれない。
「なんだ? このコンピューターデザインっていうのは?」
文句を付けてくるような口振りである。
定款には会社の業務内容として「コンピューターネットワークの構築、デザイン」と記してあったのだが、当時の70歳のおじいさんには、そもそもコンピューターというものが意味不明なのである。
出来るだけ分かりやすく説明しようと試みた。しかしおじいさんにはやはり伝わらない。
「これは電子計算機と書いた方がいいんじゃないの? 法務局で通らないよ」
さらにごちゃごちゃと言い始めた。
「いや、電子計算機とかじゃないんですよ。コンピューターネットワークと書かないと僕らの商売じゃないんです」
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