日本に根付いたガラパゴスレシピ
松浦達也(以下、松浦) さっきの「パンの二極化」って何の話ですか?
佐々木俊尚(以下、佐々木) 最近になってようやく日本でもハード系のパンが根付いてきましたよね。でも以前は、もちもち感ややわらかさばかりが求められていた。
松浦 あ、なるほど。もともと米が主食だった日本において、パンはごはんの代わりの「主食」としての役割を求められていて、ヤマザキの『ダブルソフト』に象徴されるやわらかいパンばかりが棚を埋め尽くしていた。ところがメゾンカイザー※1 がブレイクしたあたりから……。
※1 日本人好みにアレンジされていない、本場のフランスパンを売りとしているパン屋チェーン。日本法人は2000年創業。
佐々木 日本人が欧州系の違う食文化で育まれたハード系を受け入れ始めた。
松浦 日本の食卓で、まったく違う特徴のパンがそれぞれ受け入れられている。
佐々木 明らかに食文化の出発点が違っていて面白いよね。ヨーロッパでは、食事における炭水化物の比率が少ないし、パンにしてもワインのつまみという風情だったりする。少なくとも日本における「ごはん」のように、主菜や副菜と往復するような食べ方はしない。
松浦 肉にしても、表向きは江戸末期から明治初期にようやく解禁となったわけで、ヨーロッパのように肉食文化が醸成されているわけでもない。『大人の肉ドリル』にも日本のハンバーグの特殊性について書きましたが、本当に独特です。
佐々木 やわらかいよね。ごはんに合う。
松浦 卵や牛乳、パン粉といった"つなぎ"が入るのが日本のハンバーグの特徴ですが、そのレシピは戦後に生まれたもの。実は戦前までは明治期に欧米から入ってきたレシピをかなり忠実に踏襲しています。昭和14年のレシピでも塩やスパイスのほかに入っているのは玉ねぎくらいで、卵も牛乳もパン粉も入っていない。高度成長期以降、我々が食べてきた卵入りは、"ガラパゴスハンバーグ"なんです。
佐々木 以前編集者に聞いた話だけど、日本の料理本って、だいたい"料理研究家"という人たちが作っている。彼らは「レシピ」という自己表現の場でオリジナリティを打ち出さなければならず、「他人が作っていないレシピを作らねば」という圧力みたいなものがあると言っていました。
松浦 すでに認知を得ているレシピをそのまま出しても、名前も本も売れません。かといって誰かのレシピを下敷きにすると「パクリ」と言われかねないから、そうなるんでしょうね。ブログ、ときには出版物でもときどき不思議なレシピを目にします。
佐々木 例えばほうれん草のおひたしだって、きちんとゆがけば、醤油だけで十分おいしいじゃないですか。でも出汁醤油に漬け込んでしまう。そうじゃないとオリジナルじゃなくなっちゃうから。
松浦 あれもおいしいですけど、たまの外食のときくらいでいいですよ。僕、おひたしなんて醤油もかけずにそのまま食べちゃいますもん。血圧高いから(笑)。
昔のシンプルな家庭料理はまだ存在するのか
佐々木 思うんですが、日本においては家庭料理の文化って、まだあるんでしょうか。もはや消滅してしまったような気すらします。
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