一故人

ジョニー大倉、大内順子、徳大寺有恒、赤瀬川原平……2014年物故者を追悼する(後編)

2014年の物故者回顧の後篇です。こちらでは、坂本義和や岡崎久彦、水島廣雄、宇沢弘文、まど・みちお、笹井芳樹などの人生に触れていきます。先人を偲びながら、残り僅かとなったこの一年を思い返してみてはいかがでしょうか。


前編から続く)

坂本義和と岡崎久彦—「理想主義者」と「現実主義者」

2014年は、沖縄の普天間基地の移設問題の再燃や、政府による集団的自衛権の容認などを通して、日米同盟に関連するできごとがあいついだ。もっともその是非をめぐる議論は、1940年代後半に米ソ冷戦が始まって以来、「理想主義者」と「現実主義者」のあいだで続いている。

「理想主義者」と目された一人、国際政治学者の坂本義和(10/2)は、日米新安保条約の締結の前年の1959年、「中立日本の防衛構想」と題する論文を発表、日米安保条約と米軍基地、自衛隊を廃棄したあとで「中立日本」の具体的防衛構想として、国連警察軍の日本駐留を提案した。坂本がこの論文を書いた理由には、当時の進歩的知識人や野党が、政府の政策に反対しながらも、具体的な対案を示すことがなかったことへの不満があったという。

これに対し、「現実主義者」である元外交官で評論家の岡崎久彦(10/26)は、日米同盟の重要性を一貫して主張し続けた。それは、日英同盟のもとでの日露戦争での勝利や、米英を敵に回しての太平洋戦争での敗北といった歴史を踏まえたものだった。

松本健一と坂井義則—東京オリンピック以後の変化のなかで

坂本義和は、1969年の東大紛争の収拾にも教授の一人として携わった。紛争直後、坂本ら教授たちは座談会を行ない、その記録が最近になって発見されている。2014年1月にNHKの番組でこの座談会の内容があきらかにされた際、コメンテーターとして評論家の松本健一(11/27)が出演していた。

松本は初期の著作『戦後世代の風景 1964年以後』(1979年)のなかで、1964年を境とした日本社会の変化は、太平洋戦争終結の前と後での変化以上に大きいのではないかと指摘した。明治維新以降、常に西欧近代を後追いしてきた日本は、東京オリンピック開催の1964年以後、やっと西欧と横一線の「近代そのもの」に到達したのではないかというのだ。

1946年の早生まれの松本は、原爆投下の日に広島県で生まれ、早稲田大学在学中に東京オリンピックで聖火最終走者を務めた坂井義則(9/10)と同じ学年ということになる。東京オリンピックは、新たな商品やサービスの普及の機会をももたらし、大衆を消費社会へといざなった。警備サービスはその一つで、オリンピックの選手村に警備員が配置されたことに加え、翌65年に宇津井健(3/14)が主演したテレビドラマ『ザ・ガードマン』によって、世間に認知されることになった。

鈴木博之と岡田新一 —近代化が生んだ建築物・街並みの保存に携わる

東京オリンピック以降、東京をはじめ日本の都市は大きく変貌を遂げた。その陰で取り壊された歴史的に価値のある近代建築物は少なくない。建築史家の鈴木博之(2/3)はその反省から、各地に残る近代建築の保存運動にかかわった。戦災でドーム屋根を焼失した東京駅が2012年に復原されたのも、彼の貢献によるところが大きい。

鈴木は建築だけでなく、それが建つ土地の歴史も重視した。建築家の岡田新一(10/27)もまた、北海道函館市の港湾地区における保存・再生事業を通じて、かつて漁業や海運などで栄えた土地の歴史を生かしながら、新たな町づくりを手がけた。岡田はこのほか、最高裁判所(1974年)や警視庁庁舎(1980年)などの作品で知られる。

大滝詠一とジョニー大倉—日本語の歌詞をローマ字に変えたわけ

1964年はイギリスのロックバンド、ビートルズが日本の若い世代の心をとらえ始めた年でもある。この世代からは、日本の風土のなかでロックやポップスを独自に発展させたミュージシャンも続々と輩出されている。大瀧詠一(2013年12/30)ははっぴいえんど、ジョニー大倉(11/19)はキャロルと、それぞれ1970年代初めのバンド活動を通じて日本語ロックの黎明期を築いた。

大倉はキャロルで、矢沢永吉のつくる曲に歌詞をつけて「ルイジアンナ」「ファンキー・モンキー・ベイビー」(いずれも1973年)などのヒット曲を生んだ。ファーストシングルである「ルイジアンナ」の歌詞はもともと英語だったが、発売直前になってこれでは売れないとのレコード会社の判断で、急遽日本語の歌詞に変更を余儀なくされた。このとき大倉は、英語のイメージを崩さないよう、言葉の音や響きを意識して日本語に置き換えていったという。同曲でボーカルを担当した矢沢に対しても、日本語の歌詞を英語のように歌ってほしいと指示、日本語の下にローマ字や英語で発音のしかたまで記入した。この方法は以後定着し、ここから矢沢節とも呼ばれる、巻き舌の英語のニュアンスの歌唱法が生まれた。

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近藤正高

ライターの近藤正高さんが、鬼籍に入られた方を取り上げ、その業績、人柄、そして知られざるエピソードなどを綴る連載です。故人の足跡を知る一助として、じっくりお読みいただければ幸いです。

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コメント

kamawanujp 最後の一文が実に年末にしみる > 4年弱前 replyretweetfavorite

donkou というわけで、この1年に亡くなった著名人を振り返ってみました。2008年にメルマガ「ビジスタニュース」で始めて今年で7年目となるこの企画、今年は対比列伝風にまとめております。https://t.co/01hTRWfzGr https://t.co/QUfwRXFy2o 4年弱前 replyretweetfavorite