ジョゼと虎と魚たち』「死の幸福」の中で人はいかにして生きるのか

2014年最後の『新しい「古典」を読む』でとりあげるのは、『ジョゼと虎と魚たち』。2004年に映画化され、世界的に高く評価されました。原作は田辺聖子が同名の短編集として1984年に発表。以来、ずっと読み継がれています。この表題作「ジョゼと虎と魚たち」を、「一生忘れられない」「恐ろしいほどに美しい物語」と評するfinalventさん。その世界に描かれた「死」と「性」は我々になにを問いかけているのでしょうか。

一生忘れられない恐ろしいほどに美しい物語

 田辺聖子の短編集『ジョゼと虎と魚たち』(角川文庫)には恋の物語が9つ収められている。どれも佳編だが、印象的なのは表題作だろう。文庫本で26ページほどの短い作品である。普通に読むなら30分もかからない。しかし、もしまだ読んだことがなかったなら、おそらく一生忘れられない物語となるだろう。恐ろしいほどに美しい物語である。そう言ってみて、本当に、恐ろしいのだと断言できる。

ジョゼと虎と魚たち (角川文庫)
ジョゼと虎と魚たち (角川文庫)

 変わった表題である。「ジョゼと虎と魚たち」。落語の三題話のように、何も関係のない3つの言葉から奇想天外に思いつかれたのかもしれないと推測してみたくなる。おそらくそうではない。読み終えて、それ以外の表題がありえないことに気づかされる。

 「ジョゼ」は25歳の身体障害者の女性である。フランソワーズ・サガンの小説が好きでその主人公に自分をなぞらえ、恋人の恒夫にそう呼ばせている。幼い頃に「脳性麻痺」と診断され、車椅子がなくては移動もできない。母親は彼女が幼いころに家族を捨てた。父はジョゼが10代のときに再婚し、結果、彼女は施設に送られた。父からも捨てられたと言ってよい。成人してからは、80歳にもなる父方の祖母と二人で生活保護を受けて暮らしているが、祖母はジョゼを世間の目にさらすことを嫌がるので、彼女は外の世界をほとんど知らない。それでもジョゼは気丈で、小柄な自分は市松人形のように美しいのだと思っている。サガンが好きなように海外の文物に憧れも持っている。

 ある日ジョゼは、ある事件がきっかけで、大学生の恒夫にと出会う。恒夫はその偶然から、ジョゼの家を訪れる機会が増え、ジョゼが2歳年上であることを知る。恒夫は就職の忙しさにかまけ、久しぶりにジョゼを訪れると、もう祖母は亡くなり、彼女は一人で暮らしていた。おそらく憐憫の感情もあるが、恒夫はジョゼと暮らし始める。籍は入れてないものの、新婚旅行に出る。その光景からこの物語は始まり、出会いと過去が語られ、そして彼らの関係の意味が語られる。意味、それは彼らが死の世界にいるから幸福なのだということだ。

 ジョゼは死の世界の名前であり、魚たちは死の世界を浮遊する。虎は死の世界とこの世界の境界の門である。なぜか。私たちの性愛の本質がそのようなものだからである。フランス語でも「小さな死(La petite mort)」としゃれた言い回しもされるが、性愛の極みのなかで、上手に死ねなければ、上手な性愛とは言えない。恒夫がジョゼのなかに見たのは、そうした上手な性愛の死であったし、その成就である死の幸福によって、逆説的に生きることが可能になっていく。それがこの物語の恐ろしさの一面である。

死の幸福の世界を現実に描けるのか
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