人の住めない「死の町」でも米が生産できる理由を、君は知ってるか!?

連載は福島の米事情に関する問いから、福島の農業を考察しているところですが、今回は誰もが知っていそうで知らない「放射能対策」の話。福島第一原発から20キロ圏内、3・11後に閣僚が「死の町」と評した地域でも、現在、農業が再開し米の出荷が始まっています。そこには、チェルノブイリ原発事故で被害の大きかったベラルーシやウクライナのノウハウが、福島で生かされていることを社会学者の開沼博さんは解説します。

福島のコメの生産高が全国ランキングで3位下がった「意味」

 福島の一次産業の実態に迫るべく、前回までに続き2つの問題について見ていきます。

問1 「福島県の米の生産高は全国都道府県ランキングで、震災前の2010年は何位で、震災後の2011年には何位か?」
問2 「福島県では放射線について、年間1000万袋ほどの県内産米の全量全袋検査を行っています。そのうち放射線量の法定基準値(1kgあたり100Bq)を超える袋はどのくらい?」

答えは、
問1が「2010年が4位、2011年が7位」。
問2が「約1000万袋のうち、2012年度生産分で71袋、2013年度生産分で28袋」。ちなみに、現時点での今年の基準値超えは0袋です。

 前回は、福島のコメが「2010年が4位」というのは、実は、とても意味がある数値であることを説明しました。土地・気候の多様さをもとに、「一つの金メダルじゃなく多数の入賞」を狙っていく作戦をとる。「福島の作物といったら○○だ」という一つのブランドは持たないものの、他の地域ではやりづらい独自の路線を歩んできたのが福島の農業であり、コメの震災前2010年の4位という数字もそのような特性を反映したものだというわけです。

 さて、今回は問1の答えの後半部分、つまり、「2010年が4位、2011年が7位」という部分の後半である「2011年が7位」の部分について見ていきます。

 福島県の米の生産高(全国都道府県ランキング)が2010年に4位だったのが、2011年には7位になった。つまり、震災の前である2010年度の春に田植えをして秋に稲刈りをするという「通常運転」をした結果、4位だったのが、2011年3月11日の東日本大震災・福島第一原発事故を挟んではじまった2011年度には7位になったわけです。

 この3位分の下落をどうみるか。「3位も下がったのか!」という人もいるでしょうが、おそらく、「3位しか下がっていなかったのか!」という人が多いでしょう。原発事故があって、作物を作ってもそれが売り物になるかどうかわからない。放射性物質がどう作物に出るのか、安全であっても「風評被害」があるのではないか。そんな状態の中でも「3位しか下がっていなかったのか!」と。

 さて、この「3位も」なのか「3位しか」なのか、という「感覚」はいずれも間違いではない。ただ、「感覚」だけだと実態がわかりにくいので、もう少し、数字を見ながら考えていきましょう。

震災前後で作付面積・収穫量ともに2割減

 そこで、数値の変化をわかりやすくするために「作付面積」と「収穫量」を見ましょう。ここまで福島のコメに関する「生産高の順位(都道府県別)」を見てきました。あまり色々出し過ぎるとわかりづらくなってしまうのですが、数値の変化をわかりやすくするために「作付面積」と「収穫量」を見てみます。

「作付面積」と「収穫量」はその地域の農作物の生産力見る上で重要な数字です。まず、作付面積が増えると、それに比例して収穫量も増えます。これは難しい話ではありませんね。面積が増えれば、採れる作物も増える。新潟のような「コメどころ」は作付面積も広いんです。
 ただし、冷害とか病気とか何らかのトラブルがあると、同じ作付面積であっても収穫量は下がります。田んぼ一枚あたりからとれる量が減るからですね。

 そこで、福島県のコメの作付面積と収穫量の変化です。数字で見るとこうなります。

年次 作付面積 収穫量 作付面積/収穫量
2010 | 80,600ha 445,700t 0.180
2011 64,400ha 353,600t 0.182
変化率79.9% 79.3%
※変化率:2010年と2011年の作付面積と収穫量の変化率

 この数字がなにを意味しているのか。
 まず、確認すべきポイントは、「作付面積」「収穫量」ともに、等しく震災前のほぼ8割になっているということですね。「作付面積」が3・11の前の8割(79.9%)に、「収穫量」もほぼ同様に、8割(79.3%)に減っています。
「ほぼ同様に減っている」というのはポイントで、「作付はしたんだけど、収穫できなかった」というようなことではないということです。作付けをしたら基本的には収穫をして検査をし、検査を通ったら市場に流通してきました。

 それで、2割というのは小さくない数字ですね。ではこの2割減っているのはなぜか。
 背景には理由が2つあります。
 一つは、「放射性物質による汚染が強くてコメの作付をできない」というパターンです。もう一つは、「これを機に、農業引退」というパターンです。

「死の町」でも農業が再開できる理由

 一つ目の「放射性物質による汚染が強くてコメの作付をできない」から説明しましょう。
 わかりやすいところで言うと、避難指示区域とか、いわゆる旧警戒区域とか、人が立ち入りしちゃダメなところ。こちらは作付けしたくても作付けできませんでした。
 あとは、作物を作ってみたものの、国で定める放射線量の基準値超えをしてしまった地域や、作物をつくろうとしたけど土の汚染が強すぎて基準値超えのリスクが高そうな地域。こちらも「とりあえず、一回止めておこうか」と、作付けできない地域だった。
 これに該当するのは、双葉郡を中心に南相馬・飯舘とか、あと福島市のほうにもホットスポットとなっている地域です。

 ただ、こういう地域、基本的には、徐々にコメの生産を再開する方向に向かいつつあります。
 例えば、2014年4月に福島民報の「田村、広野、川内前年上回る 26年産米作付け農家数、面積」という記事に、細かい数値が出ています。震災直後は「放射性物質による汚染が強くてコメの作付をできない」地域が徐々に再開しつつあることが示されています。

 ここで気づいてもらいたい重要なことがあります。おそらく、多くの人が誤解しているであろうポイントですので、理解しておいてもらいたい話です。
 それは、楢葉町とか富岡町とか、人が住んでいない地域でも既に農業が再開してコメの出荷をし始めており、大熊町とか浪江町、飯舘村とか、相当放射線量が高いとされる地域でも「試験栽培」「実証栽培」という呼称で、コメの出荷に向けた栽培自体は始まっている、ということです。
 特に、大熊・楢葉・富岡・浪江は、福島第一原発から20キロ圏内です。3・11後に閣僚が来て、「死の町」と形容して問題になった地域です。

 あれから3年以上経ちました。たしかに、人は住んでいない。でも、見た目は「死の町」であろうとも、「復興が遅れている」と単純化されようとも、そこでは農業が少しずつ再開し、土と水、生命の息吹がはじまりつつあります。

 当然、「福島第一原発からそんな近いところで農業再開しているのかよ!」とか「人住んでないのに農業だけ再開ってどういうこと?」とか色々な反応があるでしょう。中には「また、そうやって国の安全キャンペーンをやってるのか。本当は危険なのに」という糾弾の声もあるでしょう。

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俗流フクシマ論批判

開沼博

311福島第一原発事故から3年以上経ちますが、今フクシマはどうなっているのでしょうか? いまだ具体的な数字や実態に基づかない情緒的な議論が溢れる中、この連載の目的は、フクシマの問題について「論理とデータを通した議論のベースの再設定」す...もっと読む

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コメント

sakana20001  ← 同意はしないが、こんな記事ありましたよってことでツイートしておく。 4年以上前 replyretweetfavorite

Tsvbasa_iaponia ふざけるな!基準値100bq/kgは他の国々の人が聞いたら血の気が引く数値だぞ 5年弱前 replyretweetfavorite

kokikokiya 「死の町」でも農業が再開できる理由 当然、「福島第一原発からそんな近いところで農業再開しているのかよ!」とか「人住んでないのに農業だけ再開ってどういうこと?」とか色々な反応があるでしょう。 https://t.co/4M55eWVxGv 5年弱前 replyretweetfavorite

nae49 放射性セシウムを米に取り込ませないよう、福島ではカリウムを多目に使用。" カリウムが多すぎると、作物の味が落ちたり生育が悪くなったり"という懸念がありましたが…> 5年以上前 replyretweetfavorite