②『カレー失踪事件』(←『シャーロック・ホームズ・シリーズ』)
中島京子(以下、中島) これは『シャーロック・ホームズ・シリーズ』を意識して書いたもので、そのなかの個別の作品のパスティーシュというわけではありません。もともと雑誌「ダ・ヴィンチ」で、「カレーと本」という特集を組むからカレーと本が出てくる小説を書いて欲しいと頼まれたことがきっかけで、考えているうちにミステリーというか、失踪事件という設定を思いつきました。
ブックショート編集部(以下BS) カレーと本。神保町みたいですね(笑)。
中島 で、書きはじめたら、ミステリーだから探偵役が出てくるな、と。それで子供のころ大好きで、TVドラマも観ていたシャーロック・ホームズのキャラを拝借しようと思いました。推理するときのちょっと威張った感じのスタイルや、よく使う「初歩的なことだよ。ワトソン君」のようなセリフなどを拝借して作ったパロディです。
BS 「原作のキャラや設定を流用したパスティーシュ」、という感じでしょうか。
③『Mとマットと幼馴染のトゥー』(←『宮本武蔵』吉川英治)
中島 原作は、みなさんご存じの二刀流の剣豪 宮本武蔵の成長物語です。重要な登場人物に、又八という武蔵の幼い頃からの友達がいます。いい加減で女たらしだけど、武蔵がすごく大事にしている人物です。そして、お通。お通は又八の許嫁だったのに武蔵のことがすごく好きで、どこまでも追いかけていく女性です。だけど、武蔵は剣豪として成長していかなければならないので、女にかかずらわっていられないという感じで、ストイックに自分の剣と思想を磨いていきます。
BS あの、マンガの『バガボンド』の原作ですね。
中島 私は、萬屋錦之介さんが出演していた映画で観たのが最初でしたが、どうも武蔵がゲイっぽく感じられたんです。どこに魅力があるのかわからない又八を、なぜかすごく大事にしていて。また、お通さんはお通さんでストーカーのように見えてきました。どんなに嫌がられても武蔵に付いていくお通さんを観て、何かすごいことになっているな、と。
それで、吉川英治の『宮本武蔵』を全巻読んだんです。読めば読むほど“二刀流”は“そういう意味”だとしか思えなくなってくるんですよね(笑)。それで書き上がったのが、このショートストーリーです。
BS 言ってみれば、「原作のキャラクターの印象をデフォルメしたパスティーシュ」ですね。
④『ムービースター』(←『キングコング』)
中島 元ネタは1933年の映画、初代『キングコング』ですね。この小説のストーリーは、私が飛行機の中で、ナオミ・ワッツがリメイクした『キングコング』を観て思いつきました。『キングコング』は、インド洋の島からゴリラのキングコングが連れてこられるお話。映画の撮影に来たクルーが島でキングコングを見つけて、こいつを連れて帰れば興行的に成功するに違いない、と引っ張ってくる。それで見世物にされてしまうんですけど、キングコングは逃げ出して、美女のアンに恋をする。そして、彼女を握りしめてエンパイア・ステート・ビルに登っていく。“美女と野獣”という言葉がこの映画で何度も出てきますね。
BS いやがる美女を手に、野獣がビルのてっぺんに追い詰められていくわけですね。
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