こんなおもしろい小説、世に出さないと負けだ」と思った —マンガ家・うめ(小沢高広)vol.1

さまざまなプロフェッショナルの本棚を見せていただき、その方の読書遍歴、本に対する考え方などをうかがうインタビュー。今回のゲストは、二人組のマンガ家「うめ」の、企画・原作・演出を担当する小沢高広さんです。ご自宅兼作業場におうかがいし、これまでの作品に影響を与えてきた本やオススメのマンガを実際に見せていただきました。第1回はこれまでの作品を振り返りつつ、最新刊『STEVES(スティーブズ)』の裏話などをうかがいます。

日常系のゆるいマンガを描くのが夢だった

— まずは、“うめ”の作品に影響を与えてきた本についてうかがっていきたいと思います。ゲーム業界を描いた『東京トイボックス』『大東京トイボックス』(以下、トイボ)は、きっかけになった本があったとか。

うめ・小沢高広(以下、小沢) 『ゲーム開発最前線『侍』はこうして作られた―アクワイア制作2課の660日戦争』ですね。2002年に出た、アクワイアというゲーム会社の制作現場を取材して書かれた本です。これがなければ、トイボは書けなかったと思います。

— この本のどんなところがよかったのでしょうか。

小沢 当時出ていた他のゲーム業界関連の本って、いいところばかり書いてあって、実態がよくわからなかったんですよね。でもこの本は、開発のつらいところやきついところを、正直に書いてあった。よく、アクワイア側がこれをオッケーしたな、というくらい赤裸々な内容だったんです。

— 沖縄の離島を舞台にした『南国トムソーヤ』は、どんな本を参考にされたのでしょうか?

小沢 僕、沖縄はもともと好きでよく行っていたんです。沖縄って、すごく独特の出版文化があるんですよ。沖縄県産本といって沖縄の出版社から出て、県内だけで流通している本がたくさんあるんです。沖縄って、もしかしたら東京を除いて、人口比率でいうと一番出版社の多い県かもしれないんですよ。

— そうなんですか!

小沢 その沖縄県産本に、沖縄の民俗学の濃い話がたくさん載っているんですよ。沖縄の本屋さんに行ったときに、そういう本を見つけては買い集めていたんです。それらが『南国トムソーヤ』の資料になっています。

— マンガにする前から趣味で集めていたんですね。では、もともとそういう民族学的な話を描こうということで、『南国トムソーヤ』の企画が始まったのでしょうか。

小沢 いや、最初は全1巻の予定で、どちらかというと、沖縄のゆるい日常を描くようなマンガにしたかったんです。民族学的な話は匂わせる程度で、表には出さないつもりだったんです。でも、うっかり裏設定を表で描いてしまって(笑)。ネームに行き詰まってたんでしょうね……。

— そんな(笑)。個人的には、民族学的な話が表に出てきたくらいから、盛り上がってきたと感じました。

小沢 じつは僕自身も、そのへんから書いていておもしろくなりました(笑)。人には向き不向きというものがあるんですね。ゆるい日常系のマンガって、読むのは好きでおもしろいと思うんですけど、自分たちではどうしても描けない。それで、得意な方に流れちゃったんですよね。

— ほかのインタビューで、トイボももともとは、ゲーム業界の「あるあるネタ」を描くような日常系にしたかったと……。

小沢 そう! 夢なんですよ、日常系のゆるいマンガ描くの。でも描こうとしても描けないんですよね。

— 妹尾さんのほうは、ストーリーのかっちりした話を描きたいということでしょうか。

小沢 どうなの?

(作業場から、作画・妹尾朝子さんの声) いや、私も日常系を描きたかったんです。

小沢 日常系、憧れるよね。

— 読者としては、ストーリーものが描けるなら、日常系も描けるものなのかな、などと思っていたのですが……。

小沢 いや、日常系って難しいんですよ。薄味なのにおいしい料理みたいなものです。そういうのって、がっつり味付けした料理よりおいしくつくるのが難しいですよね。

ジョブズのマンガを、Appleのアプリで出そうとして撃沈

— そういうものなんですね(笑)。それでは、いよいよ11月28日に発売された、スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアック、2人のスティーブについて描いた『スティーブズ』のお話を。これはもともとどういうきっかけで描かれたのでしょうか。

小沢 原作の松永肇一さんに初めて会ったのは、トイボの取材で行った米光一成さんのワークショップでした。意気投合して、一緒に文学フリマ向けに同人誌をつくることになったんです。その同人誌に収録する作品として松永さんが書いた、スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックを題材にした小説がやたらおもしろくて。僕は読んだ瞬間『これを何とか世に出さないと負けだ』と思ったんです。何が『負け』なのかわかんないんですけど(笑)。

— あまりにもったいない、と思ったんでしょうね(笑)。

小沢 それからしばらくしてiPhoneが発売され、松永さんとまた、「アプリ出したいね」と盛り上がったんです。じゃあせっかくAppleのプラットフォームなのだから、あのジョブズの話をマンガ化してアプリにしよう、という話になりました。

— それは、App Storeの審査が……(笑)。

小沢 はい、当然リジェクトされまして(笑)。Apple側もこんなド直球なもの出してくるとは思ってなかったでしょうね。駐車禁止って書いたところに、堂々と車停めてるようなものですよ。でも当時の我々は、「スティーブ・ジョブズってフルネームも入れてないし、リンゴのマークも出してないし、いいんじゃね?」とか言ってたんですよ。んなわけない、という話です(笑)。

— 読めばジョブズのことだと完全にわかりますよね(笑)。

小沢 でも、向こうの人もけっこう戸惑ったみたいですよ。審査に時間がかかって、たらい回しにされたんです。で、1回ごとに審査するのが上層部の人になっていくのがわかって、あと何人かでジョブズまでいくんじゃないかと思いました。ちょうどこれ英訳版もつくっていて、間に合ったら、直接ジョブズの公開アドレスにメールで送ってしまおう、と話してたんですけど、英訳版ができる前にけっきょくリジェクトされてしまいましたね。

— そうだったんですね。

小沢 それでその『スティーブズ』は1話描いた時点で、いったんお蔵入りになったんです。そんな矢先、アメリカでジョブズのコミックスが出て、日本だったら誰が描いたらいいだろうか、なんて話が出てたんですよね。それで、アメリカ版のコミックを見たら、けっこうそれががっかりジョブズで。

— がっかりジョブズ(笑)。

小沢 これだったら、僕らが描いたやつの方がかっこいいよな、ということで、『スティーブズ』1話を電子書籍作成・販売プラットフォームの「パブー」で公開しました。そうしたら、1週間で25万PVくらいまでいったので、これはいける、と思いました。それからしばらくして、パブーさんが「クラウドファンディングでなにかやりませんか」とお声がけくださったので、じゃあ『スティーブズ』でやってみようと思って、CAMPFIRE(クラウドファンディングサイト)で資金を集めて続きを書いたんです。

— 日本のクラウドファンディングで、プロのマンガ家が資金を集めた初めての例だったんじゃないでしょうか。米Kindleで初めてマンガを出版したのもうめさんでした。

小沢 そのへんから、ネット系のアーリーアダプターが、僕らに注目してくれるようになったんですよね。テーマ的にはトイボも『スティーブズ』も、そういった人たちと相性がいいジャンルだったこともあって、うまくいったんだと思います。これで僕らがベタなラブコメとか描いてたら、また違ったような気もしますね(笑)。

原作との共同作業で描かれていくシリコンバレーの空気感

— たしかにそうですね(笑)。そして、CAMPFIREでの資金集めも瞬く間に目標金額を達成し、『スティーブズ』は2014年の6月から、ビッグコミックスペリオールでの連載が始まりました。続きを描く際には、基本的に松永さんの原作をベースにしつつ、うめさんサイドでも資料を集めたりするのでしょうか。

小沢 そうですね。スティーブ・ジョブズの伝記はもちろん、『アップルを創った怪物―もうひとりの創業者、ウォズニアック自伝』、ビル・ゲイツの盟友であるポール・アレンの自伝『ぼくとビル・ゲイツとマイクロソフト アイデア・マンの軌跡と夢』なども参考にしています。これは、原作となった松永さんの小説ですね。

— 最初に出された同人誌のバージョンですね。

小沢 はい。文学フリマに出したものです。『地平線の先まで見る目がありながら 行く方法を知らない』って、すごくイカしたタイトルですよね。これはいま、スペリオールの連載についているコラムのタイトルになっています。

小沢 スティーブ・ジョブズって、子ども向けの伝記もいくつか出ていて、それも参考にしています。あとはこの本ですね。『レボリューション・イン・ザ・バレー ―開発者が語るMacintosh誕生の舞台裏』。

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ホンシェルジュ

本棚は人を表す、といいます。本連載は、さまざまなプロフェッショナルの考え方・つくられ方を、その人のもつ本棚、読書遍歴、本に対する考え方などからひも解いていこうという試み。本がいまの自分をつくったという人から、ほとんど本を読まない人の本...もっと読む

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kanose うめ氏のインタビュー 4年以上前 replyretweetfavorite