前編】名著に“似せたもの”パスティスの嗜み方

パスティーシュ小説集『パスティス』(筑摩書房)を出版された中島京子さん。その創作の秘密を教えていただくべく、二次創作をテーマに短篇小説を公募中のプロジェクト「ブックショート」が12月6日、トークイベントを開催!
先行作品を模倣して作る「パスティーシュ」という作風で作られた中島さんのデビュー作『FUTON』と本作を振り返りつつ、中島さんならではのパスティーシュの手法を解き明かしていきます。

ブックショート編集部(以下BS) 中島さんのデビュー作は、田山花袋の『蒲団』をアレンジした小説『FUTON』でした。まずは、この作品についてお伺いできますでしょうか。

FUTON (講談社文庫)
『FUTON』

中島京子(以下 中島) 『蒲団』は、日本の近代自然主義文学の始まりとなる田山花袋の代表作です。ただ、読んだことのある方はあまり多くはないのかなと思います。

BS そうかもしれませんね。

中島 妻と二人の子供がいる小説家 竹中時雄に若い女学生 芳子が弟子入りを志願してくる。それで時雄の家で預かることになりますが、彼は若い女の子が家にいることが気になって仕方がない。そしてある時、芳子と若い男の遠距離恋愛が発覚する。さらに、その恋人である田中が芳子を追って上京してきてしまい、時雄が悶々とする……というようなお話です。

BS それをどうして新たな小説にしようと思われたんですか。

中島 『蒲団』は、一般的にはあまり可笑しい物語だとは思われていないですけど、私はこの小説を読んですごく可笑しかったんです。恋愛する彼女を、弟子として心配するのではなくて、自分が芳子のことを好きだから悶々とイライラしてしまう三十代半ばの時雄。物語の中に、彼のすごい独白があります。「こんなことになるんだったら、自分が手を出しておけばよかった」と。すごく可笑しいですよね(笑)。

BS たしかに(笑)。

中島 でも一方で、時雄の奥さんの存在は全く見えません。名前すら与えられていない。旧弊な妻に比べ、文学を志している芳子はどんなに新しくていい女か、という時雄の言葉もあって、私は、奥さんはきっと怒っていたんじゃないか、どういう風に時雄を観ていたんだろう、とすごく気になりました。だから、『FUTON』は、そういう妻の視点を描いたんです。

BS 『蒲団』では、奥さんの気持ちがほとんど出てこないんですよね。芳子に彼氏ができたことを知った時雄が、昼間からやけ酒を飲んでトイレで寝てしまう、というようなわかりやすい行動までしているのに。

中島 そうなんです。すごく時雄はわかりやすい。でも『蒲団』では奥さんの心情には触れられていない。あなたいい加減にしなさいよ、というような場面は一切無くて、時雄だけが悶々としていることになっているので、奥さんはどう思っていたんだろう、と想像力が働きました。

BS 『蒲団』では描かれなかった妻の視点。気になったから書いてみた、ということですね。中島さんだけでなくきっと『蒲団』の読者がうっすらと気づいているであろう疑問に答えるわけで、とても面白く読みました。

中島 ありがとうございます。

BS 『FUTON』もだから、下敷きにしている小説があるのでパスティーシュ小説と言えると思うのですが、新刊の『パスティス』は、まさにそれを正面からテーマとした短篇集なんですね。まずはパスティス、そしてパスティーシュという言葉についてご説明いただけますか。

パスティス: 大人のアリスと三月兎のお茶会 (単行本)
『パスティス: 大人のアリスと三月兎のお茶会』

中島 パスティスは、お酒の名前です。アブサンというお酒の製造が禁じられた時代があって、それによく似たお酒ということで作られたそうです。それで、“似せたもの”というイメージがある単語ですけど、その語源を辿っていくと、古代のラテン語のpasticiusという言葉に辿り着きます。pasticiusは、パスタの語源でもあって、要するに、色んなものを混ぜこぜにするという意味のようです。

BS 本の冒頭にも、帯にもじつはちゃんと説明があるんですね。

中島 みなさんふつう、おわかりにならないだろうと思いまして。そして、パスティーシュというのはフランス語で、先行作品を模倣して作る、という作風のことで、この語源もpasticius。だからパスティーシュと語源が同じ『パスティス』を、読んで酔っ払っていただきたいという気持ちも込めてタイトルにしました。パスティーシュ小説集ということです。

BS じつはパスティーシュは、ブックショートの賞の公募テーマなんですね。ということで、本日は『パスティス』に収録されている作品を通して、パスティーシュ小説創作の手法をお伺いできればと思っています。
 『パスティス』には、短編が16作品収録されていますが、その中から私なりに手法の違いに注目して、5作品選ばせていただきました。それぞれの作品についてお話を伺っていきたいと思います。

①『腐心中』(←『普請中』森鴎外)

中島 まず、『普請中』自体が、同じ森鴎外が書いた『舞姫』を先行作品とした物語です。『舞姫』は、若く優秀な日本人がドイツで女性と恋をするけれども、その女性を置いて帰国してしまう、という鴎外の体験をもとにしたお話です。そして『普請中』は、その数年後の物語。登場人物の名前が違うので、そのままの後日譚ではないんですが、かなりシチュエーションは近いです。

BS 『舞姫』は皆さんご存じでしょうが、『普請中』までは知らないかもしれませんね。

中島 どんなお話かというと、参事官の渡辺という男性のところにドイツ人女性が訪ねてくる。それで、二人で銀座の精養軒で食事をする。渡辺は、日本はまだ普請中だと言う。精養軒自体も工事中だけど、日本も普請中で出来上がってないんだ、という話をして、その後女は何事もなくアメリカに行ってしまうという不思議な短篇です。この話自体が面白いし、日本の近代がどういう時代であったかを考えるにあたって、良い題材にもなる小説だと思います。

BS 『舞姫』は日本人の男がドイツ人の女性を振って、日本に帰ってきたお話。そして『普請中』は、そのドイツ人の女性が別の男性と一緒に日本に来て渡辺と会ったというお話ですね。

中島 これをどういうパスティーシュ作品にしたかというと、『FUTON』とよく似ていますが、私は、このドイツ人の女性は果たして描かれている通りの感情を持っていたのか、ということがどうしても気になってしょうがなかったんです。そうじゃなかったじゃないかな、という気がしてきたものですから、女性側の視点で描いたというのが一つ。もう一つは、形式を面白くしようと思って、この女性がインタビューされる、という設定にしました。

BS 『普請中』では、女は男に対して「妬んでは下さらないのね」と言ったことになっています。つまり、私は他の男と一緒に来たけど、あなたはそれを妬んでくれないのね、と。一方『腐心中』では、「援(たす)けては下さらないのね」と言っていますよね。つまり、お金を借りに来たのに、援けてはくれないのね、と。
 この違いが面白かったです。『普請中』は、捨てた女がはるばる日本に来て、妬んで欲しいと言ってくるほどの男だぞ俺は、というちょっとした鴎外のモテ自慢のような(笑)。一方、『腐心中』では、女はお金が借りたかっただけです、と。話が違うわけですよね。

中島 『蒲団』同様、『普請中』は、作品に対して自分の中に批評的な何かが生まれて、ちょっとここは批評してみよう、となり、それが作品になるという典型的な書き方だと思っています。『普請中』はずっと渡辺参事官の視点で書かれていますけど、一箇所だけ女性側の心情、しかも女性が渡辺に妬んでもらえない悔しさを悟られたくないんだ、という描写が書き込まれていて、私はそこに違和感を感じ、これどうだったのかな、本当なのかな、と考えて書きました。

BS まとめると、これは『FUTON』と同じく「別の登場人物による視点で描かれたパスティーシュ」と言えますね。

 

次回、「書くと読むは、とても強く繋がっている」は12/26(金)公開予定。


太宰治、吉川英治、ケストナー、ドイル、アンデルセン……。
数々の名作が鮮やかに変身するパスティーシュ小説集『パスティス』好評発売中です!

パスティス: 大人のアリスと三月兎のお茶会 (単行本)
パスティス: 大人のアリスと三月兎のお茶会 (単行本)

この連載について

公開講座「二次創作(パスティーシュ)小説の魅力と創作の手法」

中島京子

11月12日にパスティーシュ小説集『パスティス』(筑摩書房)を出版された中島京子さん。二次創作をテーマに短篇小説を公募中のプロジェクト・ブックショート(ショートフィルムとつながる文学賞)が、その創作の秘密を教えていただくべく、12月6...もっと読む

関連記事

関連キーワード

コメント

soconoco メルマガのタイトルでハッとしてひらいたら思ってたのと違った、というがっかり感も込めてつぶやいておく:「二次創作(パスティーシュ)小説の魅力と創作の手法」|中島京子|https://t.co/S8jeFz8ULB http://t.co/J6soBbn0K5 6年弱前 replyretweetfavorite

ishiichiko 中島京子さんの創作講義の記事。聞きたかったけど行けなかったのでうれしい→ 6年弱前 replyretweetfavorite

chikumashobo 『パスティス』(筑摩書房)を刊行された中島京子さんが語る創作の秘訣とは。  6年弱前 replyretweetfavorite