NHK「震災ビッグデータ」が示したデータ全量表示の可能性

大量のデータを分かりやすくビジュアライゼーションするとはどういうことなのでしょうか。
東日本大震災での出来事をビッグデータで見せた番組「震災ビッグデータ」を制作した、NHK 報道局報道番組センター社会番組部ディレクター阿部博史さんに、 そもそもの動機やビジュアライゼーションに際して注意した点などをお聞きしました。
12/17発売の『データプレゼンテーションの教科書』に先駆け、気になる収録内容をお伝えしていきます。

あふれる情報をせき止めて全体を見たいと考えた


NHK 報道局 報道番組センター 社会番組部 ディレクター阿部 博史 氏

── 2013年3月から放送されたNHKスペシャル「震災ビッグデータ」は、東日本大震災で被災した数十万人の行動の軌跡や、震災後1週間につぶやかれた約1億8000万件のツイートなどのビッグデータを分析し、ビジュアライゼーションとして見せて話題となりました。この番組で何を意図したのですか。

阿部 博史(以下、阿部) 震災が起きて現地で取材を続けていたとき、連日、多くの情報が入ってきて、新しい事実を視聴者に伝えるだけで精一杯でした。しかし、震災で何が起きたか検証しなければ次の世代に教訓を残せない。あふれる情報をせき止めて全体を見たいと考えたのがきっかけです。
 被災者の感情を考えると、震災から最低1年間は検証番組を放送するのは難しい。ただ時間が経過すれば、現場で聞き取った話だけでは、何が起きたか示せるかどうか分からなかった。そこで考えたのが、クルマの動きや携帯電話の動き、Twitterのツイートといった、センサーで検知した情報を集めて何が起きたのかを検証することでした。

最初からデータ全量表示を決意

 そのときに考えたことが2つあります。まず、被災地だけを取り上げるのはやめる。震災の影響は様々な地域にも波及しているはずです。ならば日本全国を対象に、震災の結果、何が起きているかを見てみようと考えました。もう1つは、データ分析とは本来、定めた視点に沿ってデータを切り取るものなのですが、「切り取る」ことはやらないと決めました。データは常に全量表示しようと考えたのです。例えば、ツイートの数は約1億8000万件になり、帝国データバンクから提供していただいた企業の取引データは800万件に達しました。これだけの数のデータを全量表示するなんて、見たことがなかった。ならば、ぜひ自分たちでやってみるべきだと思いました。

「震災ビッグデータが生み出す知見を普通の人々はもちろん、国や自治体にも広く伝え、役立ててもらうことが、今の時代にできる防災なのだと思う」と阿部氏

── 全量表示と言いますが、実際に実行するのは大変ではないですか。

阿部 番組を作る前に、大量のデータを処理できるシステムを、局内の専門家に作ってもらうことから始めなければなりませんでした。今ではこのシステムは「NHKデジタルアース」と名付けられ、機能を高めていますが、最初に局内でこの企画を通したときは、はったりも使わなければなりませんでした。多くのデータを全量集めて分析し、表示できるようにしておけば、他の番組の取材でも役に立つとか、地域ごとの特性が分かるようになるとか……。
 でも、事前に入手できるデータを分析し、こんな感じでデータがビジュアル化されて動きますというプレモデルは自分で作って見せていたので、実は全くのはったりというわけでもないんです。カメラワークがこうなるというのも、実際にビジュアル化したデータを上司に見せました。番組を1本作れば、皆に分かってもらえると信じていましたね。

阿部氏は素粒子宇宙物理学を学んだ。宇宙を専攻に選んだのは、「科学の中で唯一、手で触れないのが宇宙だから」(阿部氏)。宇宙のデータを分かりやすく見せてきた経験が生きた

── データをビジュアライゼーションする時に気を付けたことはありますか。

阿部 被災地の現場で取材をしていた経験から、人々の気持ちを逆なでするような情報の見せ方はしないように配慮しました。例えば、携帯電話のデータなどから分析した、人の動きを示す「点の大きさ」に気を付けました。点を小さくすると、個人の動きを特定してしまうこともあります。被災者の方々にとって、これは必ずしもいいことではない。そうしないため、「これは自分の家族の動きかもしれないし、そうでないかもしれない」と思える程度にまで、点の大きさを大きくしました。

発見を妨げる要素を省く

 また、見せ方の基準をきちんと決めました。番組の中で、例えば赤色は何を示す、黄色は何を示すという具合に、ビジュアライゼーションが何を示しているのか、明確に説明できるようにしたんです。データビジュアライゼーションで、色が移り変わっていくグラデーションを使うものがよくありますが、これは見た目は格好よくても何がどうなっているのか、言葉で説明しにくい。私たちが作るのはあくまでテレビ番組ですから、視聴者に伝わるように、分かりやすさを重視しました。

NHKスペシャル「震災ビッグデータ」で放映された、震災時に人々がどこにいたかを示すビジュアライゼーション。「NHKデジタルアース」のビジュアライザー上では、クリック1つで向きを変えられる

 また、背景の色や、何を見せて何を見せないかも熟考しました。例えば人々の動きのデータをビジュアライゼーションして地図上に示したとき、地名や数字は載せなかった。視聴者には人々の動きから何かを発見してほしかったので、その発見を妨げる可能性のある要素は極力、省いたんです。データを全量表示したので、テーマに沿ってデータを切り取るインフォグラフィックとも異なる見せ方をしていることになります。

── 今後はどんな仕事に取り組まれますか。自らデータを分析し、ビジュアライゼーションするスタイルは変わらないのでしょうか。

阿部 このスタイルは変わらないと思います。来年3月にも、そうやって新しい番組を作り、放送する予定です。一連の番組が、災害に備える一助になってほしい。ほかにも防災のためのビッグデータ活用などに取り組んでいます。今は命にかかわることに興味があります。データを分析し、ビジュアライゼーションで見せることで、命を救うことに貢献していきたいと思っています。


次回「人々の動きを読みとく」は12/18(木)更新予定。

阿部 博史(Hirofumi Abe)

NHK 報道局 報道番組センター 社会番組部 ディレクター。
名古屋大学大学院理学研究科素粒子宇宙物理学専攻修了。大学院在籍中に、宇宙科学研究所(現JAXA)やインドのTATA基礎科学研究所と共同で、天文衛星の検出器の開発や赤外線気球望遠鏡の打ち上げを行う。2004年、NHK入局。「ニュースウォッチ9」「クローズアップ現代」など東日本大震災や原発事故をテーマとする番組を担当。


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この連載について

図解と数字で説得する! データプレゼンテーションの教科書

日経ビッグデータ編集部

多くのビジネスパーソンは昨今、データ分析に加え、得られた答えや発見を図解やビジュアルの形で分かりやすく示す「プレゼンテーション」能力も身に付ける必要に迫られています。そこで、図解を使ってメッセージを分かりやすく伝える方法論から、最先端...もっと読む

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コメント

umezawa_t あー、この番組見なかったなあ。オンデマンドとかで見れるかなあ?/ 約5年前 replyretweetfavorite

Chidorirecords 「人々の気持ちを逆なでするような情報の見せ方はしないように配慮しました」  約5年前 replyretweetfavorite