それでも僕は、外科医をやめない

それでも僕は、外科医をやめない

高学歴エリート集団だと思われがちな外科医の世界は、実は、毎日人を切り刻んでる特殊な世界です。都内の某病院に勤める現役医師が語る外科医の世界は、とっても不思議な世界。毎日、さまざまな患者さんと接し、手術をするなかで感じたことを、ありのままに語ります。

初めて人を切った日

はじめまして。外科医の雨月メッツェンバウム次郎です。

先日、初対面の人から、「初めて人を切ったとき、どんな感じだった?」と聞かれました。
コレ、かなりしょっちゅう聞かれる質問です。もちろん、よく覚えています。その日のこと。

医者になってしばらく経った頃。
私は研修医で、外科に所属し研修を積んでいました。

他のあらゆる職業と同じく、医者の一年目は極めて過酷な生活。自分を見失いそうになるほどの
精神的プレッシャーの中、朝6時から夜は22時くらいまでガンガン働いていました。
怖い外科医の上司、怖いナース、そして同期はいない…そんな環境でした。

そんなある日。

いつものように、研修医である私は「第三助手」として手術に参加していました。
ちょっと説明しますと、手術って、まず執刀をする「術者」がひとり、そして「第一助手」、またの名を術者の前に立つので「前立ち(まえだち)」と呼ばれる人がひとり、そして「第二助手」がひとり。ほとんどの手術は三人で行います。

つまり、「第三助手」である私は、いてもいなくてもいい存在。
いなくたって、当然手術はできます。まあ、どんな仕事でも一年目なんてそんなものですよね。

しかし、その日は違っていました。

術者の「お願いします」の声で手術が始まると、すぐに「おい、雨月!俺と代われ!」
と突然言われたのです。

これは、外科医の世界ではよくあることで、新人医者に執刀日を前もって告げることはせず、その手術が始まってから、執刀を命じられるのです。あらかじめ緊張させないためなのでしょうが、突然命じられて、驚く一方で私は、「つ、ついに来た!!」と感動していました。
なぜなら、私はずっと、その日が来るのを待ち望んでいたからです。

そして私は、生まれて初めてあの単語………憧れ続けたあの言葉を言いました。

「メス!……ください…」

本当はドラマや映画の外科医みたいに、びしっと「メス!」と言いたかったのですが……。
メスやはさみを外科医に渡す役割のベテランナースが怖くて言えなかったのは秘密です。

さあ、いよいよ皮膚にメスを入れます。

外科の入門教科書で、メスの持ち方に「ペンホールド法」と「バイオリン把持法」があるのは知っていました。「開腹手術のときなど、大きく皮膚を切開する場合はバイオリン把持法」と書いてあったことを思い出し、私は「バイオリン把持法」でメスを持ちました。バイオリンの弓を持つようにメスを持つことからこんな名前がついています。

▲上の写真が「バイオリン把持法」のメスの持ち方

すると、「前立ち」の先生が、何も言わず鑷子(せっし;ピンセットのこと)で皮膚をぐっと押して痕をつけ、切る長さと部分を教えてくれました。おそらく「ここから、ここまでな」という意味なのでしょう。

外科医はいちいちそんなことは言わず、無言でやります。
そして、青いシーツで囲まれ、お腹とおへそだけ露出した患者さんの白いお腹をよーく見て、メスをつーと入れました。

最初は、どのくらいの力を入れれば切れるかわからなかったので、おそるおそるかなり弱い力で切りました。1秒に1cmくらいのスピードで、ゆっくり切っていたら、「前立ち」の先生に「もっと速く!!」と言われたので、「はい!」と返事しそこからスッと0.5秒くらいの早さで残りの4cmを切りました。

「速い!」

「はい!」

新人医者に「じゃあ、一体どのくらいの速度で切ればいいんだよ……」なんて思う余裕はありません。
目の前のことだけに集中します。初めて人の肌を切った感触、それは…、

「あれ、意外と硬くて切れないな」

人の皮膚はなかなか切れない

メスは、少し指で触れただけでも切れてしまうくらいのシャープさはあります。
でも、結構な強さで、結構な力を入れて切らないと、人間の皮膚って切れないんです。
それから、皮膚は弾力性もあるので、メスを運ぶスピードも重要です。
ある程度早く「サッ」ときらないと、上手く切れませんし曲がってしまいます。
秒速3cmくらいでしょうか。

現在の私の好みは、「どんな長さのキズも、1秒以内にスパッと切る」という方法。スパッと切れば、まっすぐなキズになりますし、手術後に一番キレイに治るからです。強さは、例えるなら、先の丸まったHBの鉛筆で紙に書いて、芯が折れるか折れないかギリギリの力強さでしょうか。
まあ、このあたりは患者さんの年齢にもよりますし、外科医のスタイルによっても少し異なりますけど。

ともかく私は皮膚を切りました。しかし……、

(あれ?血がでないぞ?)

私が切った「深さ」が浅過ぎて、全く血が出なかったんです。
皮膚には、細い一本のスジが入っているだけ。
まるで爪でひっかけた痕みたいで、全然切れていませんでした。

でも、誰も、何も言いません。
ヒンヤリとした手術室。患者さんの鼓動に一致した「ポッ…ポッ…ポッ…」というサチュレーションモニターの音だけが響いていました。

(こ、これはどうすればいいんだろう……)

私は頭の中で考えました。私を除く三人の外科医たちは、一言も発しないどころか微動だにしません。
(誰も何も言わず止まっているということは、待っているということだろうか?)
そう考えた私は、皮膚のひっかきキズにもう一度メスをいれ、サッと切りました。
今度は血がにじみました。(これならよさそうだ……)

「電気メス!……ください……」

今度は電気メスで、「真皮」といわれる部分を切っていきます。
あとは無我夢中で、導かれるがままにお腹を開けていました。
開腹だけ私がやって、あとは元の先生に「術者」を変わったのですが、
その日は一日中激しく高揚していたのを覚えています。

いかがでしたでしょうか?

私が、外科医として第一歩を踏み出した瞬間でした。
ちなみに、人を傷つけて罪に問われないのは、同意を得た医療行為だけだそうです。
世間的には、勉強ばかりしてきた頭脳派集団に思われがちな外科医の世界ですが、実際は毎日人の皮膚に傷をつける、極めて特殊な世界なのです。

これから、この連載を通じて、そんな外科医から見える世界をお伝えしていきたいと思います。

この連載について

それでも僕は、外科医をやめない

雨月メッツェンバウム次郎

高学歴エリート集団だと思われがちな外科医の世界は、実は、毎日人を切り刻んでる特殊な世界です。現役医師が語る外科医の世界は、とっても不思議な世界。毎日、さまざまな患者さんと接し、手術をするなかで感じたことを、ありのままに語ります。not...もっと読む

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コメント

Natsu_6186 @77peace78 基本的にいてもいなくてもいいけど私はいてくれると嬉しいマモルハラマモル https://t.co/amy2lN22D6 3ヶ月前 replyretweetfavorite

ika_tarou この連載が面白くて仕方がないです。 1年以上前 replyretweetfavorite

senahate この記事面白い 3年弱前 replyretweetfavorite

3rd_hole 医者という世界 3年弱前 replyretweetfavorite