キラキラワードに騙されるな

就職情報誌を1ページめくれば、「好きなことを仕事にする」「自分にしかできないことを仕事にする」なんて言葉があふれている昨今。確かに耳に心地はいいのですが、そんなキラキラした言葉に翻弄されていても「理想の自分」には決してなれません。キラキラワードに騙されず、厳しい現代社会を生き抜くヒントがここにある!「ブラック企業」「やりがいの搾取」「意識高い系」などなど、働く意味がわからない今こそ読んで欲しい、新感覚のビジネス小説です。

好きなことじゃないと頑張れない

「実は……申し上げにくいのですが、私も希望退職をしようと思っているんです。
正直この業務は、いくらでも代わりがいると思うんです。むしろ私なんかよりも、
優れた能力を持った人は沢山います。今まであまり深く考えずに、業務をこなしてきました。
すみません。ただ……この辺りで、しっかり自分を見つめなおして、
好きなこと・やりがいのあることを仕事にしたいと思ったんです。天職? 
というようなものを見出したいと。
あの掲示が出たのも、何かその、メッセージなんじゃないかって……」

「浅井さん、言いたいことはそれだけですか?」

「あっ、はい。伝えたいことは伝えられたと思います」

思い切って本心を打ち明けてみたものの、坂井の相変わらず冷酷な物言いに、
この会議室だけ余計に重力が掛かっているのではないかと美沙は錯覚をした。

前任の越野忠は『温厚』という言葉がいかにもしっくりくる人柄だった。
越野が営業部長でいる限りは頑張ろう、美沙はそう思っていた。
しかし、あの通知が出た三日後、越野忠は生産管理部へ異動になり、
代わりにやってきたのがこの坂井虎男だった。
常に無表情、越野とは対照的な坂井の姿に、美沙の胸の鉛は重量を増すばかりであった。
リストラ候補者の選定にきたと噂をされる坂井の元で働く義理もないであろう。
退職を希望するとの言葉を受け、内心は安堵の思いでいっぱいのはずだ、そう美沙は思っていた。

「では、いつ退職するつもりですか?」

 えっ?

「具体的に、いつ退職するつもりなのかお伺いしているのです」

「それは……まだ決めていません」

「決めていない? それはなぜですか?」

「まだ次の場所が見つからないもので……」

「それは困りましたね。はっきりしてもらわないと」

「……すみません。募集期間は半年なので、半年以内には決めるつもりです」

「そうですか。半年以内に、浅井さんにしかできない仕事を見つける、ということですか?」

「はい。見つけます」

「浅井さん、その人にしかできない仕事とは、どんな仕事ですか?」

えっ、突然そんなことを言われても……。美沙は言葉に詰まった。
しかし直感が必死に働きかけた。何かを口にしなさい、と。
身体中のセンサーを美沙は脳に集中させた。その甲斐あってかセンサーはあるところで反応を示した。
コウスケがよく口にしていたある外国人。彼は彼にしかできない仕事を確かにしていた。

「クリエイターなどでしょうか?」

「あなたは、クリエイターになりたいのですか?」

「いえ、滅相もありません。いや、なりたいわけではないです。なれるとも思っていません」

「では、あなたの思う、天職は何なのですか?」

「心から喜びややりがいを感じることができる仕事です。まだ見つかってはいませんが、探すことを諦めたくはない、そう思っています」

「そうですか。それなら『自分探しの旅』にでも出たらどうですか。インドに行って、食べ物を探している子供の横で自分を探せばいい」

えっ?

あまりに突き放した発言に、思わず二度見してしまう。
しかし、坂井の表情に変化は見られない。

「インドに行くつもりはありません。日本で探します」

「でも、見つからないと?」

「……はい」

「浅井さんが天職についていると思う人は、誰ですか?」

「もう亡くなってしまったのですが、スティーブ・ジョブズでしょうか」

「なぜ、そう思うのですか?」

「彼は大好きなことにやりがい、いや、生きがいを感じていたと思うんです。
 まさにクリエイターは、彼の天職です」

 不本意にもコウスケの言葉を口にしている美沙がいた。そうせざるを得ない自身が愍然でならない。

「クリエイターですか。彼は何をツクッタのですか?」

「i-phoneです!」

「浅井さんもi-phoneをお持ちなのですか?」

「はい」

 i-phone発売日。ふたたび不本意ながら、コウスケと一緒に銀座のApple storeへ並んだことが回想される。

「そうですか。しかし実際浅井さんがお持ちのi-phoneは、中国の工場で張さん(仮名)が造っています」

「張さん?」

「はい。造っているのは張さんです。ジョブズが造っていないことは、明白です」

 それは、そうだろうけれど……。

「私が言いたいのはその造るではなくて『想像を創造して生み出すこと』を言っているんです」

「想像を創造する、ですか。素敵ですね」

 素敵だ、とは本来褒め言葉であるものの、坂井の口から放たれたそれは、まったくもって美沙を喜悦させるものにはならなかった。むしろ、美沙は何だか馬鹿にされているような気分になった。

「しかし実際、張さんが工場で作業をしなければ、浅井さんの手元にあるi-phoneは存在しません」

 張さん張さんって……知り合いかっつーの。しかしここはもう、そんなことを気にしている場合ではない。

「確かにそうかもしれませんが、張さんでなくてもこのi-phoneを製造することはできます。代わりはいくらでもいるんです。私と同じです。今の私は張さんです。でも……ジョブズになりたいんです!」

言ってしまうと気恥ずかしさが込み上がり、急激に顔は熱を帯びた。その気持ちを隠すかのように美沙は続けた。

「好きなことなら私だって、諦めずに頑張れます!」

キンコンカンコーン

次の瞬間、昼休みを知らせるチャイムがかすかに耳に届いた。ホッ。
ようやく解放されたかと思うと、自然と安堵の息が漏れた。

「浅井さん、では続きは午後一時からということでよろしいでしょうか?」

 えっ?

解放されたかと思い撫で下ろされた胸は、ふたたび緊張でキュッと上がった。

「は、はい」

張り詰めた空気の中、美沙は慌てて返事をした。


目標を達成できる人とできない人は何が違うのか?

この連載について

キラキラOL浅井美沙 わたし今日からキラキラをやめてギラギラします!

菅沙絵

仕事なんて、生活のため、寿退社までの腰かけに過ぎないと思っていた――。 そこに突如まいこんだ『希望退職者募集のお知らせ』。 やる気ゼロの崖っぷちOLが会社の魂を揺り動かすようになるまでの奇跡の成長を描く。 Yahoo!トピッ...もっと読む

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コメント

albatrosdx めっちゃ面白い 意識高い系の人に読んで欲しい 3年以上前 replyretweetfavorite

smilyhiro 私のお友達が書いている連載小説読んでみた☆おもしろそう!! 4年以上前 replyretweetfavorite

yuhirocket ごくごく普通のOLという経歴で連載できるんだ〜 4年以上前 replyretweetfavorite

shinojackie 横山信弘さんの記事が小説に!?これは読むしか無い! 4年以上前 replyretweetfavorite