「次もビール飲む?」
「私はワインがいいかな」
「赤と白は、どっちが好き?」
「私は白ワインが好き」
「白が好きなんだ」
「うん」
「じゃあ、せっかくだからボトルで頼まない?」
「えー、そんなに飲めるかな」
「大丈夫。僕も今日はパーッとたくさん飲みたいし」
僕たちは、ワインボトルを注文して、さらに飲み続けた。お腹も膨れて、ふたりとも酔っ払ってきた。そして、僕たちは、いろいろなことを話し続けた。ふたりとも地方出身だったが、どうして東京の大学に来たのか、東京の暮らしはどうだったのか、働きはじめて生活はどうかわったのか、これまでの恋愛遍歴、などだ。とてもいい雰囲気だったと思う。
「デザートまだ食べれる?」
「うん。女の人は甘い物は違う胃袋に行くのよ」
「それは、なんだか牛みたいだね。牛って胃袋が4つあるらしいよ」
「なんか、ひどい例えね」
「ごめん、ごめん」
「私はクレームブリュレ食べる」
「僕はガトーショコラにしようかな」
デザートを注文してから、僕は次の作戦を考えていた。この後は、天王州運河の散歩コースだ。そして、レストランを出る辺りでさり気なく手をつながないといけない。それを拒否されたら、もう一度歩きながら、ラポールを作り直さないと……。
「美味しそうなクレームブリュレだね」
「うん、美味しそうだね。ちょっと一口ちょうだい」
「まだ、ダメよ。私は、このクレームブリュレの上に、薄っすらと乗っている焦げた部分をサクサクと崩すのが大好きなんだから」
「あー、そのかたい飴みたいなところだよね。そこは美味しいよね」
「うん、あそこが好きなの」
そう言うと、彼女はクレームブリュレの表面の焼かれて硬い部分をサクサクと崩したあとに、スプーンでひとすくいして口に入れた。
「美味しい」
「一口もらっていい?」
「うん、いまならいいよ」と言って、彼女は僕を見つめた。
その表情がたまらなく可愛かった。僕はここで、詩織さんのことを奇麗だ、とか何とか甘いことを言わなければいけないと思った。しかし、これまでの僕の人生では、たまに女の人と仲良くなって、いっしょに食事に行っても、少しでも僕が性的な興味があることを示すと、ほとんどの女の人が去っていってしまった。それが僕にはトラウマになっていた。だから、一歩踏み込んだことは何も言えなかった。
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