「強い子供を作れる遺伝子を提供できる男じゃないですか」
「他には?」
「子育てに協力的な父親なら、子供の生存確率は上がりますね」
「その通りだ。逆に言えば、女は男に妊娠させられ、捨てられると困ったことになる。女はセックスで、生物学的には男よりはるかに大きなリスクを負うことになる。だからこそ、女はセックスするときに慎重にならなければいけないわけだ」
「なるほど」と僕はまたうなずいた。「女を簡単に裏切らない、強い男がモテるってわけですね」
「つまり、女が男に求めているのは、将来多数の女を獲得して繁殖に成功するモテる息子を産むいい遺伝子を持った"Good Genes"の男か、子育てに協力的な"Good Dad" の男なんだ。"Good Genes"はウィルスや病原菌に負けない強い免疫力を持ち、女を惹きつけるルックスや生存競争に勝ち抜ける肉体的な強さとスマートさを持った男ということになる。"Good Dad"の資質というのは簡単に女を裏切らず、権力を持っていて子供を庇護できる、などの条件を満たす男ということになる。現代社会で言えば、"Good Genes"はイケメンのことで、"Good Dad"の資質に結びついているのは、男の金と地位だろう」
「身もふたもないことを言えば、イケメンで金があれば女にモテるわけですね」僕はため息をついた。「当たり前か……」
「話はそう単純じゃない。ひとりの女に一途であり続ける"Good Dad"と、成長した後に多数の女と繁殖に成功する能力である"Good Genes"は、そもそも相反する性質になる。つまり、何もしなくても女にモテる"Good Genes"というのは、その定義からして"Good Dad"ではいられないわけだ」
「"Good Genes"と"Good Dad"は、相反する資質になるわけですか」
「だから、女はこの両者の間で揺れ動き、女の男の好みというのは多様で、複雑になるんだ。男は単純で、若くて綺麗な女、つまり妊娠しやすく子供をたくさん産めそうな女とセックスしたいだけだ」
「女は子育てへの協力を期待できる誠実な"Good Dad"か、強くて美しい子供を産める"Good Genes"かを選ばなければいけないわけか」
「じつは、女は両方を選ぶことが可能で、それが女の性欲や男の好みを、さらに複雑なものにしている」
「どうやって"Good Dad"と"Good Genes"の両方を選べるんですか?」
「オシドリ夫婦というように、鳥類の多くは、人間と同じように一夫一妻でつがいを作る。オスが巣を作ったり、ヒナを育てるのに協力するからだ。そこで、本当にオシドリ夫婦は、仲の良い信頼しあっている夫婦かどうかを調べるために、生物学者がオスの精管を切って、精子が出ないようにする手術をしてみたんだ。そうするとメスは卵を産んでヒナを孵すことができると思うか?」
「パイプカットしていたら……」僕はすこし考えてからこたえた。「精子がないんだからヒナは孵らないですよね」
「生物学者たちが発見したことは、それでもヒナが孵り続けるということだ。なぜだかわかるか?」
「精管が元に戻った、とかですか?」
「いいや、浮気だ。メスは、必死に巣を守ろうとしてくれている自分のパートナーの目を盗んで、ちゃっかりといい精子を提供できるオスと交尾していたんだよ」
「鳥の夫婦もすごいんですね」
「それと同じことが、人間でも起こりえるし、少なくとも女にはそうした本能があるということだ。つまり、誠実で、決して裏切らない"Good Dad"を確保して、こっそり別の男と浮気をし、"Good Genes"の遺伝子を取り込むわけだ。こうした女の浮気は"Good Dad"にしてみたら、進化生物学的には、極めて大きな損害になる」
「そりゃ、そうですよね。生まれて来た子が、妻が浮気してできた他人の子で、それをずっと育てるなんて……」
「だから、"Good Dad"の男に浮気が見つかったら、女は捨てられてしまう可能性が高い。そこで女は、浮気を決してバレないようにしないといけないわけだ。こうして、女はふだんからちょくちょく小さな嘘をついたり、気まぐれになったりするという性質を獲得したわけだ」
「なぜ、女がちょくちょく嘘をついたり、気まぐれになったら、浮気はバレないんですか?」
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