私たちは病気を起こす大きな何かを見逃している。
運動不足は良くない、血圧やコレステロール値は適度に低い方が良い、タバコは有害である……。このような現代の健康の常識は、病気のリスクファクター(危険因子)を一つひとつ調べて20世紀の中盤から後半にかけて確立されたものです。
ところが、病気の引き金が全部発見されているわけではありません。たとえば、心臓病の危険を高めるものはこれまで何十個も見つかっていますが、高血圧や喫煙や肥満といった危険因子を全部足し合わせても、心臓病の発生の半分も説明できないことがわかっています。
2006年、私がハーバード大学に留学したときに使われていた予防医学の教科書の1ページ目には「何が心臓病のリスクになるかはまだ完全にわかってない。私たちは大きな“サムシング(何か)”を見逃しているはずだ。それを見つけなければならない」という意味のことが書かれていました。
そのサムシングこそが、本書のテーマである「つながり」なのです。
孤独は喫煙よりも身体に悪い。
人間の健康や病気といったテーマの研究は、物理学の実験のようにすべての条件を揃えて行うのが難しいという特徴があります。
相手がモノなら同じインプット(入力)には同じアウトプット(出力)が得られますが、人間相手だとそうはいきません。
たとえば、同じ年齢、性別、体格の人を選び、同じカロリー制限をしたとしても、何㎏痩せるかという結果にはバラツキが大きくなるのです。その結果、同じテーマをめぐる研究でも、その結論が正反対になることもあります。一例を挙げると、最近流行っている糖質制限食については、安全で有効だという主張と危険で有効ではないという主張が真っ向から対立しています。
研究の数だけ結論があるようでは、何を信じていいのか途方に暮れてしまいます。そこで医学の世界では、メタアナリシス(メタ解析)という手法が用いられるようになりました。「メタ」とは「高次の」という意味の接頭語です。
メタアナリシスとは、独立した複数の研究をまとめて分析する手法。一つひとつの研究の結論にはバラツキがあるかもしれませんが、同じテーマの研究を多数蓄積して統合的に分析してやれば、信頼性がより高まります。
このメタアナリシスを駆使して、何がいちばん寿命に効くのかという研究がいくつも行われました。なかでも画期的だったのは、2010年に行われたアメリカのブリガム・ヤング大学のホルトランスタッドという研究者によるもの。20世紀と21世紀に行われた148の研究(総勢約30万人)をメタアナリシスした結果、タバコを吸わない、お酒を飲み過ぎない、運動をする、太り過ぎないといった項目よりも、「つながり」があることの方が寿命を長くする影響力が高いという結論を導きました。
それまでは寿命を短くする悪玉の代表格はタバコでしたが、実際は「孤独は喫煙より悪い」のです。
1980年代にスタートした日本の健康作りの国民運動である『健康日本21』でも、2013年から始まった第2クールではこうした最新の予防医学の見地を踏まえ、基本方針の5本柱の一つに「健康を支え、守るための社会環境の整備」という項目を挙げています。そこでは「社会全体が相互に支え合いながら健康を守る環境を整備」すると記されています。また、高齢者の健康作りに関しても、「高齢者の社会参加の促進(就業または何らかの地域活動をしている高齢者の割合の増加)」という具体的な目標を掲げています。難しい言葉が並んでいますが、要は「つながり」を大事にしようというわけです。そして地域の「つながり」を強化するために、「地域の人たちとのつながりが強い方だと思う人の割合」を平成19年の45.7%(参考値)から、平成34年度には65%にするという数値目標を掲げています。
モーリス博士が発見した意外な事実。
「つながり」の効能にたどり着くまで、人類は何が健康や長寿に影響しているのかを必死に探ってきました。その過去を振り返ってみましょう。