第99回 純情な順序の交換に好感(前編)

「この問題全体を一度に解くのはできない。でもね、部分的には解けそうじゃないか!」と「僕」は言った。

第98回の続き)

$$ \newcommand{\SQRT}[1]{\sqrt{\mathstrut #1}} \newcommand{\GEQ}{\geqq} \newcommand{\LEQ}{\leqq} \newcommand{\NEQ}{\neq} \newcommand{\ABS}[1]{|#1|} \newcommand{\SQUX}{\textrm{square}} \newcommand{\EXPX}{\textrm{exp}} \newcommand{\LOGX}{\textrm{log}} \newcommand{\AVEX}{\textrm{average}} \newcommand{\LOR}{\,\,\text{または}\,\,} \newcommand{\UPMARK}[1]{\underline{#1}} $$

の部屋

ユーリ「勝負だ!」

「なんだよ、いきなり」

中学生のいとこ、ユーリの部屋にやってきた。

ユーリ「この問題、すぐわかる?」

問題1(不等式)
$ac + bd > da + cb$ とする。
$a > b$ のとき、 $c$ と $d$ の大きさを比べよ。

「ほう? うん、わかると思うよ。ちょっと待って」

ユーリ「待たない」

「え?」

ユーリ「ちょっとも待たない。書いちゃだめ。暗算で解いて」

「暗算って……はいはい」

ユーリ「さーて、解けるかにゃ?」

(あなたは、いかがですか?)

「……わかったよ。 $c > d$ だね」

ユーリ「くー、やっぱり解けるか……どーやって解いたの?」

「どうやってって、暗算で移項して因数分解」

ユーリ「そっかー、暗算でできるかー」

「高校生だからね。書いてみると、こうなる」

$$ \begin{align*} ac + bd &> da + cb && \text{与えられた条件} \\ (ac + bd) - (da + cb) &> 0 && \text{右辺をすべて移項} \\ ac + bd - da - cb &> 0 && \text{カッコを外す} \\ ac + bd - ad - bc &> 0 && \text{ $da=ad, cb=bc$ だから} \\ a(c - d) - b(c - d) &> 0 && \text{ $a$ と $b$ でくくる} \\ (a - b)(c - d) &> 0 && \text{ $c - d$ でくくる} \\ c - d &> 0 && \text{正の数 $a-b$ で両辺を割った} \\ c &> d && \text{ $d$ を移項} \\ \end{align*} $$

ユーリ「むー」

解答1(不等式)
$c > d$ が成り立つ。

「ところで、どうして急にこんな問題を?」

ユーリ「あのね、こないだお兄ちゃん、種明かししてくれたじゃん?」

「種明かしって?」

ユーリ「ほらほら、先生がどうやって数学の問題を作ってるか」

「ああ、あったねえ、そんな話」

ユーリ「だから、ユーリも問題作れないかなって思ったの。問題出されてばかりじゃつまんないから」

「それはおもしろい!」

ユーリ「最初ね、『 $AB > 0$ のとき……』いう問題を考えたんだけど、やさしすぎてつまんなかった」

問い
$AB > 0$ で、 $A > 0$ だとすると、 $B$ は……
答え
$B > 0$ である。

「ああ、そうだね。それは単純すぎる」

ユーリ「でもね、ひらめいたんだよ、ユーリ。この $A$ とか $B$ に、別の式を入れちゃえばいいって。そしたらもっと複雑になるでしょ? 次に作ったのがこういうの」

問い
$(a-b)(c-d) > 0$ で、 $a-b > 0$ だとすると、 $c-d$ は……
答え
$c-d > 0$ である。

「ユーリは賢いなあ! さっきの $AB>0$ という式で、 $A = a-b, B = c-d$ にしてみたんだね」

ユーリ「そーそー! でも、 $(a-b)(c-d) > 0$ だと見え見えじゃん? だから、展開したの。そしたら $ac - ad - bc + bd > 0$ という式ができた。 そこからプラスとマイナスに分けて、 $ac + bd > ad + bc$ にしてみたんだよ」

「その後、 $ad$ を $da$ に、 $bc$ を $cb$ にしてわかりにくく迷彩しようとしたのか……」

ユーリ「でも、すぐ解かれちゃった」

「……」

ユーリ「どしたの?」

「ユーリの問題をヒントにしたら、おもしろい問題ができるよ。こういうの」

問題2
$ac + bd \GEQ da + cb$ とする。
$a \GEQ b$ のとき、 $c$ と $d$ の大きさを比べよ。

ユーリ「え……」

「紙に書いて考えてもいいよ」

ユーリ「ユーリ、これ暗算でできるよ」

「ソレハスゴイナ」

ユーリ「棒読みするなー。えっ、これってさっきと同じ問題じゃないの?  $>$ が $\GEQ$ になっただけだよね?」

「それで?」

ユーリ「え、だから、 $c \GEQ d$ だと思うんだけど」

(あなたは、どう思いますか?)

「ファイナルアンサー?」

ユーリ「待ってよ!」

$$ \begin{align*} ac + bd &\GEQ da + cb && \text{与えられた条件} \\ (ac + bd) - (da + cb) &\GEQ 0 && \text{右辺をすべて移項} \\ ac + bd - da - cb &\GEQ 0 && \text{カッコを外す} \\ ac + bd - ad - bc &\GEQ 0 && \text{ $da=ad, cb=bc$ だから} \\ a(c - d) - b(c - d) &\GEQ 0 && \text{ $a$ と $b$ でくくる} \\ (a - b)(c - d) &\GEQ 0 && \text{ $c - d$ でくくる} \\ \end{align*} $$

ユーリ「 $(a - b)(c - d) \GEQ 0$ ……ここまでは同じだよね」

「そうだね」

ユーリ「そっか、 $a - b \GEQ 0$ だから、 $a - b = 0$ のときも考えなくちゃいけないんだ。《ゼロ割り注意報》だ!」

「なにその注意報」

ユーリ「 $a - b > 0$ だったら $c - d > 0$ がいえるけど、 $a - b = 0$ のときは……どーするの?」

「迷ったら、元の式で考えてみよう」

もしも $a - b = 0$ だったら…… $$ \begin{align*} ac + bd &\GEQ da + cb && \text{与えられた条件} \\ ac + ad &\GEQ da + ca && \text{ $b$ に $a$ を代入した} \\ ac + ad &\GEQ ac + ad && \text{右辺を整理した} \\ ac + ad - ac - ad &\GEQ 0 && \text{右辺を左辺に移項} \\ 0 &\GEQ 0 && \text{左辺を計算した} \\ \end{align*} $$

ユーリ「文字全部消えちゃった! ……どーしたらいいの!」

「 $0 \GEQ 0$ は、 $c$ と $d$ がどんな数でも成り立つよね」

ユーリ「 $0$ は $0$ 以上……うん、成り立つけど」

「ということは、 $c$ と $d$ のどちらが大きいかは、与えられた条件だけからは決められないってことになるね」

ユーリ「そんなのありなんだ!」

「ありだよ。 $=$ が入るか入らないかは、とても大切。あまり問題にならないときもあるけれど、こんなふうに全然違う問題になってしまうこともあるから、注意がいるね」

ユーリ「でも、『何もいえない』は言い過ぎだよ」

「どうして?」

ユーリ「だって、『 $a \GEQ b$ のうち、 $a \neq b$ だったら $c > d$ だ』っていえるじゃん」

「ああ、確かにそうだね。だからこれは出題の仕方があまりよくない問題といえるかも」

解答2
$a \GEQ b$ としたとき、 $c > d$ とも $c < d$ とも $c = d$ ともいえない。
(ただし、もしも $a \neq b$ とするなら、 $c > d$ がいえる)

ユーリ「……」

「まだ納得いかない?」

ユーリ「ちょっとね」

「これは論理の問題になるんだよ。同値かどうか $\Leftrightarrow$ を使って考えるとはっきりする」

$$ \begin{align*} AB > 0 & \Leftrightarrow (A > 0 \text{かつ} B > 0) \LOR (A < 0 \text{かつ} B < 0) \\ \end{align*} $$

ユーリ「これは?」

「 $AB > 0$ というのは、 $A$ と $B$ の両方が正か、 $A$ と $B$ の両方が負ということ。 つまり、 $A$ と $B$ が同符号だということと同値だよ」

ユーリ「うん、それはわかってる」

「ところで、 $AB \GEQ 0$ というのは、 $AB > 0$ または $AB = 0$ ということだよね?」

ユーリ「 $0$ 以上だから、そーだね。プラスか $0$ 」

「 $AB > 0$ の方はいま検討した。 $A$ と $B$ が同符号。でも $AB = 0$ というのはどうかというと、 $A = 0$ なら $B$ の符号はどうでもいい。 $B = 0$ なら $A$ の符号はどうでもいい」

ユーリ「にゃるほど!」

「つまり、こうなる」

$$ \begin{align*} AB \GEQ 0 & \Leftrightarrow AB > 0 \LOR AB = 0 \\ AB \GEQ 0 & \Leftrightarrow AB > 0 \LOR A = 0 \LOR B = 0 \\ AB \GEQ 0 & \Leftrightarrow \text{ $A$ と $B$ が同符号} \LOR A = 0 \LOR B = 0 \\ \end{align*} $$

ユーリ「ふんふん」

「《 $A$ と $B$ が同符号》という部分を使って大小関係の判断をしていたのに、等号 $=$ が入り込むことで、大小関係が判断できない場合が生まれてしまったんだね」

ユーリ「なーる」

「だから、問題2はこういう問いにした方がすっきりするかも」

問題2a
$a \GEQ b, c \GEQ d$ のとき、次の式は成り立つか。
$$ ac + bd \GEQ da + cb $$

ユーリ「あ、これは成り立つ! だって、 $(a - b)(c - d) \GEQ 0$ だもん」

「そうだね、これは定石通り、引き算をすればきちんとわかる」

$$ \begin{align*} (ac + bd) - (da + cb) & = ac + bd - da - cb \\ & = a(c - d) - b(c - d) \\ & = (a - b)(c - d) \\ & = \underbrace{(a - b)}_{\GEQ 0}\,\underbrace{(c - d)}_{\GEQ 0} \\ & \GEQ 0 \qquad \text{ $0$ 以上の数の積だから}\\ \end{align*} $$ だから、 $$ ac + bd \GEQ da + cb $$
解答2a
$a \GEQ b, c \GEQ d$ のとき、次の式は成り立つ。
$$ ac + bd \GEQ da + cb $$

順序交換

「ところで、ユーリの書いてくれた不等式を見ていたら、また別の問題を見つけちゃったよ」

ユーリ「でたな数式マニア」

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数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに12巻も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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コメント

chibio6 理解した。これで第100回の内容へすんなり入っていける。 約5年前 replyretweetfavorite

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