自分を信じろ、イジメに負けるな
その昔、地元で知らないヤツはいないほどのワルだったり、暴走族の総長だったりした芸能人や文化人が、いけしゃあしゃあと若者に人生訓を垂れる場面ほど、テレビの前で舌打ちを繰り返す時もない。更生した経験に基づいて、自分を信じろ、イジメに負けるな、と励ますわけだが、その一方で「悪かったオレ」というのもそれはそれは大切にされていて、彼らは、時と場合によってメモリーの打ち出し方を変えてくる。「強面だが優しい」という二面性は、わりかし汎用性を持つし、いつでも使えると自覚しまくっている。
「どうにもならなかった自分」で高め合う
歌詞から発言から振る舞いまで、「繊細だが力強い」という二面性を強調しているように見えるSEKAI NO OWARI。彼らが各媒体で特集される度に、ヴォーカルのFukaseがその昔、閉鎖病棟に入院したことがあるというエピソードを見聞きする。グループの訴求力に繋げるかのように当人たちが率先してそのエピソードを発信してくるものだから、私は腹の内で「逆宇梶」と命名してきた。暴走族の総長だった宇梶剛士が何かと当時の悪行エピソードをハートフルでアツい俺の燃料にしたがるアレと裏表。昔のどうにもならなかった自分を、今を高め合うために使いすぎるきらいがある。宇梶方面が「昔ワルだった」で強気に稼動させてきたベクトルをセカオワが「昔うまくいってなかった」で強気に再稼動させたところ、嗅いだことのないガスが充満、ファンはそれをファンタジーだとうっとりし、一部のアンチは光化学スモッグだとゴホゴホ咳き込んでいる。
校長先生の話の若者訳バージョン
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