伊勢うどん全国制覇への道 【第3回】やわらか麺に込められた固い想い!

伊勢うどんにも歴史あり。石原壮一郎さんによる短期集中連載の第3回では、その過去を振り返ったうえで、今まさに伊勢うどん業界の最先端で製麺に心血を注ぐ方々への取材を敢行。過去から現代へ受け継がれる伊勢うどんスピリットを感じてください。

〈豆腐六(どぶろく)のうどんは雪のように白くて玉のように太い。それに墨のように黒い醤油を十滴ほどかけて食う。「このうどんを生きているうちに食わなければ死んで閻魔さんに叱られる」土地の人にこう言い囃されている—〉

これは、江戸時代を舞台にした中里介山の長編小説『大菩薩峠』における「間の山の巻」の一節です。「豆腐六」は、三重県伊勢市の参宮街道沿いにあった遊郭街・古市に実在したうどん屋さんで、明治末の大火で焼失するまで、旅人や地元の人に愛されました。

有吉佐和子が、やはり江戸時代の古市の遊郭を舞台にした小説『油屋おこん』にも、伊勢うどんが登場します。熊野の山奥で育った主人公のおこんは、古市に売られてきた日に真っ白な「うろん」を食べて、そのあまりのおいしさに感動。「白いうどんが、口の中で黒い汁に馴染むにつれて、甘さが右へ寄ったり左へ寄ったりしながら、いつか淡雪のように溶けてしまう」—。有吉佐和子は、伊勢うどんの食感をこう表現しました。

伊勢うどんは、うどんという食べ物が全国的に広まり始めた江戸時代初期に、もともとは農民の「ごっつおぅ」として生まれたと言われています。地元で獲れた小麦で麺を打ち、伊勢湾の対岸にある三河地方から伝わったたまり醤油をかけて食べていたものが、やがて食べやすいようにダシ汁を加えるようになりました。

同じころに始まった伊勢神宮の参拝ブームで、全国からたくさんの旅人が伊勢に押し寄せます。旅人の空腹を満たすため、街道沿いには多くのうどん屋さんが立ち並びました。長い道のりを歩き続けてきた参拝客の疲れた胃に負担をかけないように—。そんなやさしいおもてなしの心をベースに、伊勢うどんのあのスタイルが発展し、一種のファストフードとして定着したと言われています。

また、お店の側としても、あらかじめ大量に茹でておくことができて、別にかけ汁を作る必要がなく、しかも適度にぬるくて素早く食べられるので回転率がいい伊勢うどんは、たくさんのお客を次々とさばく上で好都合でした。うがった見方をすると、伊勢うどんのやわらかさには、お客への配慮だけでなく、そういった経営上の都合も反映されていると考えられます。

 
外宮と内宮をつなぐ古市街道の途中にある「伊勢市立伊勢古市参宮街道資料館」の看板と展示コーナーの入口。豊富な写真や資料が、当時の古市の栄華と楽しそうな雰囲気を今に伝えています。

しかし、伊勢うどんが江戸時代から旅人に広く食べられてきたという説には、異論もあります。前回も登場してもらった「つたや」のご主人の青木英雄さんは、こう言います。

「私は、江戸時代から参拝客が伊勢うどんを食べてきたという話には、ちょっと疑問を持ってますんや。伊勢では、そんなにたくさんの小麦は作ってなかったはずです。うどんを作ってる側から言わしてもろても、こんなに手間のかかるうどんはありません。機械もなかった昔、たくさんの参拝客に食べさせるだけのうどんをどうやって打ったのか。茹でるのにも時間がかかるし、けっして回転率はええことないですからなあ」

最初に紹介した中里介山や有吉佐和子の小説も、舞台は江戸時代ですが、書かれたのは前者は大正時代、後者は昭和50年代です。たしかに、江戸時代から伊勢うどんが名物だった証拠にはなりません。「たとえば、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』には、古市の遊郭のことは出てきますけど、伊勢うどんのことは出てきません。そんなに名物やったんなら、当時に書かれた本に出てきてもええと思うんですわ」とも。

いろんな説が、伊勢うどんのように太くからみ合っています。しかし、どちらの立場を取る人たちも、自説の正当性を強く主張したり、違う説を徹底的に否定したりしているわけではありません。お互いに「まあ、昔のことやし、ようわかりませんでな」とやわらかく受け止めています。

けっしてお堅くてトゲトゲした論争にならないところも、伊勢うどんと伊勢の人たちの真骨頂。これから先も、ああでもないこうでもないという話がゆるゆると繰り広げられていくことでしょう。仮に、誰かが「やっぱり歴史的な真実を明らかにしたほうがいい!」なんて野暮なことを言い出したとしても、伊勢の人たちは「まあまあ、難しいこと言わんと」とやんわりスルーするに違いありません。

江戸時代の伊勢うどん事情に思いを馳せてきましたが、話はいきなり現代に飛びます。

伊勢近辺のお土産屋さんやサービスエリアでは、持ち帰り用の伊勢うどんが大きなスペースを占めています。「よう買うてもろてますな。この3~4年はとくに人気が上がってて、メインの商品になってますね。日持ちするし、値段もそう高ないし、よそに持って行くにも自分用にも、ちょうどええんと違いますか」とは、内宮参道のおはらい町にあるお土産屋さんのお話。最初に「じつは伊勢うどんの取材で」と言ったので、多少サービスしてくれているのかもしれませんが、嬉しくたのもしいお言葉をいただきました。 


伊勢自動車道の安濃サービスエリア下り線の売店。
伊勢うどんコーナーには、各社の伊勢うどんがひしめき合い、
ほかのどのお土産よりも大きなスペースを占めています。

そう、このところ三重に帰省したときに感じるのが、持ち帰り用の伊勢うどんの人気の高さ。平成に入るころまで、伊勢うどんは伊勢のお店に行って食べるか、スーパーで生麺を買ってくるものでした。日持ちするLL麺(ロングライフ麺)タイプの伊勢うどんが当たり前の存在になったのは、ここ10年ほどのことです。

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