あらすじも明かされぬまま、秘密裡に進んでいた作品は最終的に900枚にも及ぶ大作となった。刊行までには相応の時間がかかり、最初に出会った日から実に4年の歳月を要した。
そんな謎の小説が、本日いよいよ全貌を現すこととなった。
阿部さんでも、僕のやり方でもない、第三の道がちゃんと見つかる
冷戦期に子ども時代を過ごしたことに起因する、近しい感覚。それが合作をつくるうえで支えになったという。
ただし、共通点ばかりというわけにはいかないはずだ。一見、大きく作風を異にするふたりである。四年間の作業を進めるなかで、はっきりと見えてきた違いはどこにあるか。こんどは伊坂さんがこう話す。
伊坂幸太郎「書き進めるうえでは、異なるところは都度、ありましたね。たとえば、人物の描き方なんかも当然違うわけです。
僕の場合、その人物に奥行きを持たせようと、バックボーンを書いたり、エピソードを入れて、「こういう人なんだよ」というのを明らかにしていく。対して阿部さんは、そういうことをしないまま、ぐいぐいと話を進めていける。僕のやり方はかなり一人称的な、読者の目線に合わせていく感じなんですが、阿部さんの場合は三人称的な、カメラ的な視点で物語を引っ張れるというか。
それから、阿部さんはいつも、小説内の日付に厳格です。僕はそのあたり、緩く考えがちなんですが、今回の合作ではきっちり日付を設定していきました。自分にないものを取り入れることって、新鮮でおもしろいですよ。
違いについては、どちらかが我慢したり妥協したりするのではなくて、アイデアを重ねていくうちに、違いを乗り越える方法が見つかっていくという感じでした。阿部さんのやり方でもなく、僕のやり方というのでもない、第三の道がちゃんと見つかるというか。
あと、大きな違いを挙げるなら、阿部さんがいつも全体像を考えながら、個々の作品を書いているということですね。
阿部さんの作品群のなかでは、たとえば、『シンセミア』と『ピストルズ』が神町という共通の舞台を持って、〝神町サーガ〟と呼ばれていますよね。その二作がつながっているのはよく知られるところですが、それだけじゃない。たとえば『ニッポニア・ニッポン』も『グランド・フィナーレ』も、神町サーガと明確な関わりがあって、ちゃんと連なっていきます。『ミステリアス・セッティング』も繋がっています。スピンオフのような作品ということではなく、一つひとつが独立しながらも、阿部さんが描く大きな世界地図のなかにきちんと位置を占めている。
こんな壮大な構想を描いて、実際に進めている人なんて、世界中を探してもまずいないんじゃないですか」
阿部作品の背後に大きな地図があるというのは、よく理解できるところ。しかし、それを言うならば、伊坂作品でも、同一人物が異なる作品に出てきたりするのはおなじみのパターン。作品群をまとめる「地図」は、伊坂作品においてもあるのでは?
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。