何を追い、何に追いかけられているのか——。ふたりの男が、東北を駆け抜ける。ハニートラップあり、怪人の出現あり、蔵王山中に消えたB29の謎も絡んで、とにかく盛りだくさん。
ただし、あらすじは発売まで明かされぬまま、プロジェクト自体も秘密裡に進んでいた。そんな謎の小説が、いよいよ全貌を現すこととなった。
年が暮れるまでまだ間があるものの、文学界における今年最大のニュースはもう確定。阿部和重さんと伊坂幸太郎さんによる合作『キャプテンサンダーボルト』の誕生、これに尽きる。
「世紀の」「史上最強の」合作との惹句で宣伝がなされているけれど、それがちっとも大仰に聞こえない。
阿部さんは純文学界の最重要作家、伊坂さんはエンターテインメント小説出身で広範なファンを持つ大人気作家と、活動領域が多少違うとはいえ、現代日本文学を代表するツートップなのは誰しも認めるところ。その両者が組んで作品をつくったというのだから、これはもう大事件に違いない。
ふたりの出会いから、合作をつくることとなった契機、その後の経緯などは公式サイトでの対談に詳しい。では、そうした経緯を踏まえて、ふたりは相手の「肖像」をどうとらえたのか。
近くで触れてはじめて気づいたこと、印象とのギャップ、合作を進めるなかで垣間見えた、互いの共通点や異なる点は……。それぞれに話を聞いた。
誰とでもうまくいくわけじゃない
まずは、合作が動き出した頃のことから。初対面のその日に「いっしょに何かやろう」という話になり、二度目に会ったときには内容について具体的な検討が進んでいったという。
このスピード感はどうだろう。ふたりの作品を読んでいるときのテンポのよさを彷彿とさせるところもある。なぜかくもスムーズに進んだのか。
阿部和重「アイデアはいくらでも出てきましたね。そこで詰まることはなかった。むしろアイデアが多すぎて、全部入れるとしたらこれ、いったいどうやってつなげていけばいいんだ? というのがもっぱらの悩みでした。
そのあと設計図をつくり、分担して執筆し、直しを入れていくという一連の作業のどの段階でも、停滞感はまったく感じなかった。
人と何かをするときって、意見を擦り合わせてイメージを共有し、コンセンサスを得るのに時間がかかるものじゃないですか。でも、伊坂さんとだと、よけいな説明などが一切必要ない。お互いに共通点が意外なほど多かったし、フィクションはどのように組み立てられているのかという構造への意識、小説をどうつくるかという基本線がほとんど同じだったからですね。
ここさえ決めておけば、こういう展開に持っていけるよね、じゃあこれでいきましょうと、すんなり話が進んでいった。同業者だからといって、誰とでもこううまくいくわけじゃないですよ。そのあたりの認識が、まったくズレていることだってありますからね」
作業の実態はどうだったのか。アイデアを出したり、担当のパートを書く時点までは、まだ理解が及ぶ。作品のイメージが共有されてさえいれば、それぞれが個人で小説を書いていくときと、おそらくはさほど大きな違いなく進められそう。
問題はその先だ。書いている途中も、ひと通り書き終えてからも、お互いの書いたものにそれぞれがどんどん手を入れていった。結果、「ここは阿部和重の文章」「こっちは伊坂幸太郎の文章」と分けられないほどに、溶け込んだものになったという。はたしてそれは、ためらいなくできることなのか。
伊坂幸太郎「最初は恐る恐る、でしたよ。だって、阿部さんの文章に手を入れるなんて、ねえ。
用いる言葉、助詞の使い方、当然ながらあれこれ違うわけです。手を入れるとなると、どうしても自分の好みのかたちにしちゃうので、はたしてこんなことしていいんだろうかと。でも、やっているうちに、それはもうしょうがない、と思ったんですよね。気を遣ったり、細かいことを考えていても意味がなくて、ただとにかく、僕も阿部さんも、作品がより良くなるために、という気持ちは一緒なので、そのためには自分が良いと思うことはどんどんやっていかないと、と。
でも、人の書いたものに手を入れるとか、逆に自分の書いたものに手を入れられるなんて、ふつうは生理的に受け付けられない面があるのもたしかです。相手が阿部さんじゃなければ、やはりちょっと無理だったでしょう」
阿部和重の手になるとはいえ、自分の文章に手を入れられることで、ムッとしたり、受け入れ難いと感じたことはなかった?