羽賀翔一 vol 2. 4ヶ月間ネームができなかった時にも曲げないこだわりが、その後に生きている

『バガボンド』、『ドラゴン桜』、『働きマン』、『宇宙兄弟』などの編集を担当していた佐渡島庸平さんが見出した新人作家。それが羽賀翔一さんです。その羽賀翔一さんの短編集『ケシゴムライフ』が11月7日に発売するということで、制作秘話や、マンガ家になった経緯などを伺いました。前回の「ケシゴムライフ」第一話の裏話にひき続き、今回は、第二話~第三話のお話が中心です。

「おなじものを違う立場で見たときの気持ちの違い」を見つけたとき、4ヶ月かけたネームが出来上がった

— 前回、「ケシゴムライフ」の第一話は読み切りとしてネームを描かれたと伺いました。しかし、2011年の週刊モーニングでは短期連載していますよね。どのような経緯で、第二話、第三話、…と続いたのでしょうか。

羽賀翔一(以下、羽賀) 第一話のネームができたときに、佐渡島さんに見せたところ、二話目も続けて書いてみよう、ということになったんです。

— おお。順調な展開ですね。

羽賀 ただ、その後、四苦八苦することになりました。第二話のネームがまったくできず、試行錯誤をくり返す日々が延々続き、結局OKが出たのは第一話のネームができてから4ヶ月ほども経ってしまっていました。
 佐渡島さんとは十話作る想定で話を進めていていました。主人公は高校生10人で、全話が違うキャラで独立した話でありつつ、けれども各話どうしが緩やかにつながっている、そんな設定でした。けれども第二話のネームがまったく通らず、もうやっぱりマンガ家はムリなんじゃないかと思うほどに、試行錯誤がずっと続いていました。なので、この『ケシゴムライフ』に載っている第二話とは、まったく違う話を何度も何度もネームで描いていましたね。

— 4ヶ月間かかった第二話! 今回発売された単行本に載っている話(現在の第二話)は、どんなきっかけで生み出された話なのでしょうか。

羽賀 第二話の主人公は、入院しているんですが、僕も高校生の時に一度、入院したことがあるんです。潰瘍性(かいようせい)大腸炎という病気になってしまって、2ヶ月の間、絶食して、水ですら薬を飲むときだけしか飲めない、という状況でした。けれど胃は元気だから、とにかくお腹が空いて空いて。
 病室のテレビでグルメ番組を見て妄想していたんですが、ほんとうに食べていないと、テレビって食べものしか映っていないんだなというのがよく分かります(笑)。どんな番組にも大抵食べものが映っている。さらには、病室の窓から、ラーメン屋のでっかい提灯が見えるんですね。夜6時をすぎると、それがポッと灯るんですが、僕はそれを「命のともしび」と呼んでいました(笑)。10時になると消えて、「あ、消えた」みたいな。

— 消えちゃうものにその呼び名はどうかと・・(苦笑)。中学生の頃ですよね。

羽賀 はい。絶対に、退院したらあのラーメン屋に行くと、決めていたんです。それで友達に評判を聞いてみると「あのラーメン屋、うまくないぞ」と言われたんですが(笑)。話を戻すと、食べたい食べたいと思っているあの時の気持ちをマンガにしよう、自分の経験ならマンガにできるんじゃないか、と思ったんですね。だから、第二話のこの主人公は、僕と同じ状況っていう設定なんです。潰瘍性(かいようせい)大腸炎で、全然ごはんが食べられない。そんな空腹極まれりの状況で、りんごをむしゃむしゃ食べる夢を見た直後に、起きると、例のふとっちょのキャラクターが見舞いに来ている。
 この展開を思いついたはいいんですけど、それだけでは話にならないし、また「仲良くなる」というだけでは一話目と話が似てしまうので、他の要素を探していました。ちょうどネームに悩んでいるとき、講談社の食堂でネームを描いていたんですけれど、ずっとテレビで甲子園が流れていたんですね。僕は野球がすごく好きなので、小さい頃には甲子園に出たいとずっと思っていたのですが、そこでふと思い出したんです。
 13-14歳のときに見ている甲子園って、ものすごく憧れがあるというか、ワクワクして、気持ちよく見られると思うんです。けれど、18歳をすぎ、19-20歳になって甲子園を見ると、なんだか違った気持ちの自分がいるんです。球児を見ていても、「あ、自分より年下なんだ」と思うし、むかし自分はあれだけ夢中で見てたのに結局甲子園なんてぜんぜん無理だったし(そもそも高校では野球部には入らなかったんですが)。なんだか劣等感というか、こう、昔感じていた気持ち良さがないな、と思ってしまったんですね。
 そんな気持ちの時に、勝利した瞬間に選手が人指し指一本を立てて喜ぶシーンを見て、すごくいじわるな目線でみてしまっている自分がいるなと思った。この記憶をふと思い出して、マンガに入れてみようと思ったんです。


— 第一話は、「教室の床の境界線」と「マンガのコマ」が話をつらぬく重要な要素になっていましたが、第二話では「人指し指一本」がそれにあたるのですね。

羽賀 はい。この「人指し指一本を立てる」という行為は、さまざまな見方ができるな、と思いまして。最初に考えたネームは、この人指し指一本をみて「俺はひとりだよ」と感じてしまっている主人公(入院している少年)が、最後、ふとっちょのキャラクターと友達になって写真に写るというものでした。写真に写るそのときのピースサインが、1から2への変化を表していると気持ちいいだろうな、と思って考えたネームです。
 けれど、それだと、ちょっとステレオタイプだと思ったんですね。ピース=楽しいって誰もが知っているじゃないですか。そうではなくて、指一本それ自体はそのままなんだけれど、主人公の気持ちが変化することで見え方が変わる、そんな風に見せられないかな、と考えなおしました。その結果、第二話のぶかぶかになったズボンに指を入れることで主人公の気持ちを表すシーンができました。この方が、ピースで楽しいという結末よりもオリジナルで、この作品を読んだからこそ感じる感情というものが伝わるな、と感じたんです。

— 「人指し指一本」によって第二話がやっと生まれたわけですが、第一話のネームを描いてからなかなか次が完成しない4ヶ月の間は、どのような発想でネームを生み出していたのですか。

羽賀 実は、試行錯誤していて3ヶ月くらい経った段階で、一度、ネームにOKが出たんです。それは、女の子が主人公の話で、細かい部分は忘れてしまったんですが、生沼(おいぬま)くんというキャラクターが出てきて、一緒に水族館へ行くような話でした。恋愛的な要素がちょっとあったと思います。
 そのネームは佐渡島さんからOKが出たんですが、あまりおもしろがっている印象をうけなくて、とりあえずここまで来たからOKだろうという印象のOKだったんですね。それがすごい悔しくて。これではダメだと、もう一回やりなおそうと思って、新しいネームを出させてもらいました。今考えると、この粘りがよかったんだと確信しています。
 駆け出しだったからというのはありますが、まぁこれでいいならいいやと考えなかったところが、たぶん、第三話、第四話の出来にも影響していると思います。

横断歩道にワニが潜んでいる、と誰もが想像していると思っていた

— 第二話を出したあと、第三話、第四話はスムーズに描けたのですか。

羽賀 いえ、そういう訳でもないんですが(笑)。第二話ほどではありませんが、何度も試行錯誤を繰り返しましたね。実は、第三話は、はじまり方が今のシーンではなかったんです。もう少し緩いはじまり方で、今のはじまりのシーンがないということは、最後のシーンもありませんでした。この時も、佐渡島さんはOKを出していたのですが、もうひとりの担当編集者の方が、これはもっとおもしろくなるんじゃないかと言ってくださり、考え直すことにしたんです。
 ところで、「ケシゴムライフ」の第一話、第二話では、最初のページに4-5コマが描かれているんです。けれど、「新人マンガ家のマンガが、1ページ目に5コマも描かれていても、わざわざ『読むぞ!』と読んでくれる読者はほとんどいない」という話を聞きまして、じゃあ一回、1枚絵で描いてみることにしました。

話は決まっていたので、「1枚絵で少年(たかしくん)とおじいちゃんの関係性が分かる絵というのはどんな絵だろう」と考えているうちに、小さい時におじいちゃんに背を測ってもらっていた記憶がよぎったんですね。それで、いまの1ページ目を描きました。すると、ストーリーがすごく締まったんです。

— 第三話は、「ケシゴムライフ」というタイトルに一番見合った話ですよね。

羽賀 そうなんです。実は、この「ケシゴムライフ」というタイトルは、僕が考えたものではなかったんですね。僕が出した案は、全部ボツになってしまって(笑)。このタイトルは第一話ができたときに佐渡島さんが考えたものなのですが、このタイトルをつけたからにはケシゴムライフらしい話を描いていかなければとずっと思っていて。第三話でやっと描けたと思います。

— 第三話では、横断歩道にワニが潜んでいる、という少年の想像シーンが出てきますが、あのシーンが僕はとても好きです。おもしろい発想ですよね。

羽賀 このシーン、「いいね」と言ってくださる人が割と多くて嬉しいのですが、僕にはそれがすごく意外だったんです。

— どうしてですか。

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